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月刊がん もっといい日Web版

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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803


週刊がん もっといい日
2006年Vol.23
9月1日更新


8月25日更新内容 全記事はこちら
未承認抗がん剤を使用する医療機関に関する情報不足について

「未承認抗がん剤のことで教えてください」−数か月前のことでした。女性のがん患者さんから、「健康保険で使用できる抗がん剤では、もう効かなくなっています。ただし、あなたの症状からすれば、まだ使用できる抗がん剤があるのですが、健康保険の適用にはなっていませんと言われました」

 患者さんがかかっている病院では、未承認の抗がん剤は使用していないとのことで、当編集部に連絡されたのです。
「どこを、どう探していいかわかりません」
 そこで、未承認抗がん剤に詳しいクリニック院長の腫瘍内科医をご紹介しました。同医師によれば、年間およそ200人の患者さんから、「ほかに治療法がないと言われ未承認抗がん剤を使いたい」という相談があるとのことです。
 未承認抗がん剤は、全額自己負担になります。同クリニックでは、患者さんが個人輸入で購入した抗がん剤を、同医師が患者さんの症状をみながらサポートをする形をとっていますが、未承認抗がん剤を使用する患者さんの数は、急上昇しています。
 未承認抗がん剤を使用してくれる医師は、全国に1500人程度といわれていますが、実際には、どこの地区の、どの医療機関が応じてくれているのかといった情報が、不足していることは確かでしょう。

 厚生労働省では、必要不可欠な未承認抗がん剤については、早期に健康保険で使用できるようにする検討会が随時、開催されていますが、決して十分な措置ではありません。
 先に、問い合わせをいただいた女性のがん患者さんから、また連絡がありました。
「未承認抗がん剤を使用していただける、お医者の所在地が遠くて、とても通いきれません。私の住まいに近い場所のお医者さまを、ご紹介していただきたいのですが・・・」
 いろいろと手を尽くしたところ、幸い患者さんのご希望に沿った医療機関が見つかりました。
「これでまた、がんと闘う気力がわいてきました」

 日々、当編集部には、患者さんと家族から問い合わせが寄せられてきます。悲痛な声で身内の症状をお話なさる方、快方に向かった方、抗がん剤の副作用で抜け落ちた髪の毛が元通りになってきたこと等々。電話を通じて聞こえてくる声からは、さまざまな人生模様が感じ取れます。
 では今週も、皆さまにとって「もっといい日」でありますように・・・。
『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.23☆☆☆



山根則子さん
私のがん闘病記


がん体験で知った家族の絆、
そしてオストミー協会でもらった
「明るさ」「元気」「勇気」は救いでした

神奈川県横浜市在住 山根則子さん(55歳)
のケース 


病歴:
1989年/直腸がん ステージ3、
2006年/下行結腸がん ステージ1
治療:
1989年/直腸、肛門、卵巣、膣3分2切除後、人工肛門造設
2006年/横行結腸がん 内視鏡で切除・下行結腸がん20cm程切除後、同じ位置にストーマを再造設

社団法人 日本オストミー協会常務理事兼事務局員
TEL:03-5670-7681 URL: http://www.joa-net.org/

■30代後半に下痢と便秘、下血を繰り返すようになったのが始まり

子育て、仕事、ボランティア活動と日夜奮闘していた30代後半、下痢と便秘、下血を繰り返すようになったのが始まりでした。近所の病院では、痔との診断。安心していましたが、半年後、下血がひどくなり、食欲不振、貧血、体重減少などで大きな病院を受診したのです。
 診断は直腸がん。しかも卵巣まで拡がって、かなり進行した状態でした。がん告知は確かにショックでしたが、それよりもトイレの度に血の海を見たり、食べられない、動けないといった症状がつらく、主治医に「切りましょう」と言われたときも、躊躇なく、一刻も早く切ってほしいと思いました。
 手術では、直腸から卵巣に至るまで切除することになりました。ただ若い頃から、体に障害のある方と接する機会が多く、体に支障があろうとなかろうと、命の重さは同じという思いがあって、あるがままの自分を受け入れられたのは幸いでした。
 最も支えになったのは、やはり家族です。夫は交換日記で、私のことを「…かけがえのない存在…という意味をこれほど感じたことはありません」「病を与えた運命をのろうより、二人の絆の深さを教えてくれたことに感謝したい」「何がなくなっても、いい命さえあれば・・・」などと励まし続けてくれました。

■今年1月に2箇所の早期がんがみつかったが・・・

中学1年だった長女が母親代わりとなり、家族のため一生懸命に尽くし、高熱を出したときには病院を抜け出したいと思ったほどです。
 人工肛門を造設して、2年半ほど自然排便にしていましたが、オストミー協会の研修会で洗腸を知ってからは、神経が四六時中、ストーマにいってしまう状態から少し開放されました。
術後5年ほど抗がん剤服薬、手のしびれや肩こり、偏頭痛、また卵巣などを切除したせいで、更年期障害も同時に起こり、精神不安定な時期もありましたが、オストミー協会でいただいた「明るさ」「元気」「勇気」は、私にとって救いでした。
 今年1月。洗腸時、便に血が混じっていたことで大腸検査をしたところ、2個所に早期がんを発見。自覚症状がなかったため、「まさか!」それこそ頭をがーん≠ニ叩かれた思いでした。  
ただ今回の手術、治療方針で、自分なりの考えを持つことができたのは、研修会などで学び、患者同士の情報も得られて強くなっていたからでしょう。
 辛さ、しんどさ、歓びなど心のひだに思いをはせ、想像力を働かせ、人の心に寄り添える人でありたい。出会った人を大切にし、風通しのいい、そこにいるだけでほっとできる関係を築いていきたい。お日さまの暖かさ、風のさわやかさ、土の匂いを感じ、何でも、どんな状況でも面白がれる、楽しめるプラス思考を持っていたいと思う毎日です。



連載
『Revital(蘇り)―生死をさまよい生還した
“平成の一休さん”闘病記』


第12回『手のつけられない胃部収縮
異常トラブルの原因はストレスだった』

■おしぼりを絞るように身体全体が絞られ痛みで七転八倒・・・


私の病状は、良くなったり悪くなったり、まさに一進一退でした。何度も落ち込み、そして再び立ち上がりの状態を繰り返しを続けていた平成8年10月22日。幽門整形手術を終えてホッと一息ついた暮れあたりから、自分の胃部に激しい収縮活動がみられるようになっていることに気づきました。
当初は、自宅でじっと我慢の経過観察をしていましたが、徐々に状態は悪くなり、平成9年の正月早々から、日々続く尋常ではない胃部の収縮に、「これは、おかしい」と思い始めたのです。
そして1月6日、これ以上我慢できなない事態と判断し、私は急いでタクシーに飛び乗り東京慈恵会医科大学病院外科外来 のS主治医を訪ねました。あいにくS主治医は会議中だったため、外科外来では取り急ぎ痛み止めで時間を稼いでくれました。
しかし私の胃部の収縮活動は、とてつもない異常事態が発生していたのです。
身長165cm 体重50kgの身体全体が、おしぼりを絞るように身体全体が絞られていました。呼吸もできないほどの激しい痛みと何度も身体が絞られ、私は猛烈な痛さに耐えかねて悲鳴に近い声を上げました。
私の苦しむ様子を見ていた外科外来の看護主任が、会議中のS主治医に内線で緊急連絡を入れてくれました。
「西宮さんが死にそうです。すぐ来てください」
報告を聞き、S主治医は、広い慈恵医大のどこかの一室にある会議室から外科外来に駆けつけてきました。連絡を入れてから、この間わずか2分あまり。額は汗だく。見るとS主治医は裸足。靴は手に持っていました。
「どうした・・・」
S主治医は、何が起こったか判らなかった様子でしたが、私の異様な光景を見て対応は素早かったのです。すぐに救急室へ移動。酸素吸入開始、そしていつもの手順で、末梢の血管から低カロリー輸液「ソリタ」点滴用のルートを確保し点滴開始。まず「ブスコバン」を注射したものの、胃の収縮と痛みは治まらない。引き続き「ブスコバン」を注射。だが、いっこうに痛みは収まらずに効き目がない。さらに「ブスコバン」を注射し、1時間程様子をみましたが、様態は益々悪化するばかり。そのうち、私の顔色が土色に・・・(になったそうです。

■またまた東京慈恵会医科大学病院に入院

「西宮さんの様子がおかしいって聞いたけれども、どんな具合?・・・」
意識が薄れかけた私の目に、騒ぎを聞きつけて救急室飛び込んでこられた羽生助教授がかすかに見えました。七転八倒し、もだえ苦しむ私の異様な状況(胃部収縮)をデジカメで収めるS主治医の姿もありました。
どの先生方も、私のような常態は初めて。症状を鎮める決め手がなく、ただ私の想像を絶する状況を見守るばかりだったと、の地ほどお聞きしました。
読者の皆さま、人間の身体が、おしぼりのように締め上げられる光景を連想してください。恐ろしい光景です。医療現場は、パニックに近い状態になったのです。
 とにかく少しでも痛みを抑えようとS主治医が、「外科医がめったに使わない究極の業を試みる」と提案されましたので、私は即座OKサインをだしました。「しかし失敗すると、身体の半分麻痺という障害が残るけどいい?」
「承諾書?そんなものいいです。病の原因をつくったのは自分。今、発生しているトラブルの責任は、自分にあるから自己責任を負います」
確か首筋の近くだったと思いますが、細かく入り乱れる神経の隙間にある血管に痛み止めが注射されました。
「先生、効いた。痛みが薄らいだ・・」
つかの間の歓びを打ち消すように、30分程度で、また痛みと胃部収縮が始まったのです。
「原因がまったく判らない。う〜ん」
首をかしげる医師団。
「先生、早くベッド確保しましょう」
看護主任にせかされて、「頼む」とS主治医が答える声が、私の耳に飛び込みました。
「急いでベッドを確保してください」
「患者さんは誰ですか?」
「西宮さんです」
「わかりました。すぐに用意します」
棟看護主任から、手際よい返事が返ってきました。11E病棟から馴染みの看護師さんが、急遽、私を迎えにきてくれました。
「Wさん、ありがとう」
「えっつ、私の名前を覚えていただいていたのですか」
嬉しそうに微笑むWさんの顔を見て、私はホッとしました。笑顔は、何にも替え難い。その人の財産です。確かに笑いの効用は、あります。笑いはストレス解消の武器でもあります。
ちなみに今回の入院期間は、平成9年1月6日〜1月15日の1週間でした。 


■何気なく呟いた一言が解決の糸口に・・・

 平成9年1月6日を皮切りに、同様なトラブル発生で、結局は5度の入退院を繰り返すようになりました。
●平成10年12月25日〜平成11年1月5日まで6E病棟入院。「原因はつかめず」。
●平成11年6月3日〜平成11年6月12日まで6E病棟入院。「原因はつかめず」。
●平成11年7月10日〜平成11年7月18日まで6E病棟入院。「原因はつかめず」
続いて平成11年7月31日〜平成11年8月8日まで6E病棟入院し、ここで
原因が判明しました。それは、私が何気なく呟いた一言が、解決の糸口となったのです。
 平成9年1月6日を皮切りに、胃部異常収縮トラブルが原因で入院するのは今回で5回目。過去4回の入院時では、ベッドで静かにしていると割りと短期間に胃部異常収縮が収まる事に気づきました。
平成11年7月31日〜平成11年8月8日までの入院時は、病と闘うのに「くたびれた」が正直な感想です。平成11年8月初め頃、S講師が回診にお見えになったので「先生、疲れました。気持ちを和らげたいので、消灯時に精神安定剤と眠剤を投与してください」とお願いしました。
「そう。ここらでリラックスする意味でもいいアイデア」
S講師の了解を得て、その日の消灯時間には夜勤担当の看護師さんが精神安定剤と眠剤を持ってベッドにきました。看護師さんに、精神安定剤の薬名を確認したら、「ホリゾン」(現在、セルシン)であることがわかりました。
翌朝は、胃が安定していました。「嘘〜」と思いつつ、胃が暴れないことに安堵しました。次の日も、次の日も、同様に精神安定剤「ホリゾン」と「眠剤」と投与して就寝すると胃が暴れないのです。
「おやおや〜これには、何かわけがある」
考えた瞬間に、あることが一瞬閃いたのです。
「あっつ、原因はストレスだ」
禅の教えで、「人間は生きているだけでストレスが溜まる」ことを思いだしたのでした。
「生きるか死ぬかの生活」や「いろいろな後遺症で入退院を繰り返す生活」で疲れ果てて、自然に「ストレス」が溜まっていたのです。このことをS講師に伝え、2日〜3日様子をみることにしました。その結果、胃部異常収縮がピタリと止まったのです。
以後、就寝前に精神安定剤「セルシン」と眠剤「ハルシオン」を在宅で毎日服用することで、この難問は解決されました。この処方箋は、現在も欠かさず服用しています。
ストレスは怖い。ストレスによって、何が発生するかわかりません。普段の生活から、ストレスを溜めないよう心がけてください。

1日平均外来患者数が7000名に達する
東京慈恵会医科大学病院の全景


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"平成の一休さん"のホームページ:http://www.ikkyuu.net/

※一休さんのメールアドレスが変わりました!
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以前のメールアドレスは使えませんので上記のメールアドレスを御使用下さい。
なお、ホームページアドレスに変更はございませんが、現在メンテナンス中のため
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お待ち下さい。(06年8月7日現在)

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