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月刊がん もっといい日Web版

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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803


週刊がん もっといい日
2007年Vol.65
6月29日更新


Vol.65号の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@私の闘病記
分かりにくい腎臓がんを発見後、5年で次々と14カ所にも転移!
負けない希望を持ち、闘いに挑み続ける
愛知県在住 杉浦元昭さん(39歳)のケース


Aインタビュー
政党が取り組む『がん対策』第1回目―公明党のケース
「がんの痛みが取れれば社会復帰も可能になり、がんと闘う活力も出てきて、
心身に余裕がでてくれば適切な医療を選ぶこともできます・・・」
がん対策基本法づくりに奔走した渡辺孝男参議院議員(医学博士)に聞く「がん医療の課題これから」


B連載
第1回目―プロローグ

おしゃべりをしたい患者さんへお医者さまからの呼びかけ
『闘病も人生。だからこそ自分の人生を輝かせて・・・院内患者会の輪づくりに参加した体験記』
田中 祐次(東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門助手)

07年6月22日更新内容 全記事はこちら

前立腺がん患者の少年野球コーチと東京ドームでの出来事

 6月24日、早朝、東京・水道橋の東京ドームに、東京、千葉、埼玉、神奈川の4県から350チーム、4000名の選手が集りました。主催は、関東団地少年野球連盟。通称、関団連です。
 毎年、この時期になると、読売杯争奪のトーナメント大会が始まり、4地区350チームが日頃の練習の成果を結集させ、優勝を目指します。今年、前立腺がんのコーチが所属するチームも、開会式に参加しました。
 この日の試合はありませんでしたが、あこがれのドームの人工芝で、さっそく盗塁の練習をする選手、ランニングを始める選手たち。当のコーチも、早起きし電車に揺られること1時間あまり。グランドにおりましたが、「前立腺がんと宣告されて以来、気の休まる日は少なく、いつ再発するか心配な毎日。だけど選手たちといると、自分が、がん患者であることを、つい忘れてしまう」とぽつっともらしました。
 再発、転移。「一時たりとも忘れたことがない」と話していたコーチでしたが、この日ばかりは、日頃の辛い練習にはない、素晴らしい笑顔で走り回る選手たちを見ながら、「だから、がんとの闘いに克つ必要があるんだ」と。
がん患者として、体験した人でなければ分かりえない再発への不安、転移への不安が、ドーム球場で選手たちとグランドに立っていた間だけ、不安が頭のなかから消え去っていたそうです。毎週土曜日と日曜日、祝日の少年野球は、コーチにとっては、生きがいでもあります。
「選手たちのため、家族のためにも、がんとの闘いに克ってほしい」そう思いました。
 さて今週もまた、皆さまにとって「もっといい日」でありますように・・・。


『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.65☆☆☆


杉浦元昭さん
私の闘病記

分かりにくい腎臓がんを発見後、
5年で次々と14カ所にも転移!
負けない希望を持ち、闘いに挑み続ける

愛知県在住
杉浦元昭さん(39歳)のケース



病歴:2002年/右腎臓 腎細胞がん ステージT1b、同年/転移性骨腫瘍(腸骨)、05年/転移性肺癌、大動脈傍リンパ節転移、06年/縦隔リンパ節転移、頭蓋骨骨転移、左足内くるぶし骨転移、転移性肺癌、その他多数、現在治療経過中
治療:右腎臓摘出手術、インターフェロン、放射線療法、ラジオ波焼灼療法、リンパ節郭清
http://www.geocities.jp/medaka101jp/index.html
 34歳からこの5年、転移に次ぐ転移で常にがんと向き合ってきました。向き合うというより、むしろ果てしない闘いに挑み続けている感じです。最初の兆候は突然の血尿でした。近所の病院で、レントゲンやCTスキャン検査の結果を見て尿管結石だと言われたのですが、画像に石が見当たらずどうも納得がいきません。そこで改めて腹腔鏡の専門医に診てもらうと、結石ではないようだとの診断。さらに腫瘍内科の専門医を紹介してもらい、ようやく腎臓がんという結果が出たのです。
 腎臓がんは10万人に2〜3人という非常に珍しいがんなので症状が進行しないと分からず、普通の内科では見落としやすいそうです。私の場合、おかしいと思ったことをはっきり言って精密検査を受けたのが正解でした。
 父親がお世話になっていた病院に転院し、限局5センチ、最大周7センチのがんを右腎臓ごと取りました。悪性度も低いと分かり、5年生存率80%と聞いて胸をなでおろしたものです。私は通常の例より早い段階で症状が現れたため、超早期に治療ができたのも幸いでした。その後インターフェロンαを3ヶ月自己注射したところで、右の骨盤の横に違和感を感じ骨シンチの検査をしましたがあきらかな転移が認められず、様子を見ることに。しかし翌月のCT検査で腸骨に3センチの転移が見つかりました。この手術では約5センチの骨を取るため、足に障害が残る恐れがあるとのことでした。まだ34歳でアウトドア好きの私は大変ショックを受けました。そこでまず放射線治療を試みることにし、50グレイの予定で2グレイずつ照射を受けました。効果が少なかったので10グレイ追加すると途端に良い効果が出て進行がストップ。その時点で治療を終了しました。

再度の転移で肺切除の危機!
治療法を求めて積極的に行動

 その後は問題なく、健康を維持していました。しかし安心していた2年後、定期検診でPETを受けたとき14ミリの小さな肺転移が見つかったのです。この治療にも悩みました。本当に小さいうちに発見したので完治の可能性が高いけれど、リンパ転移や周辺の飛び散りを考慮して、肺の3分の2をごっそり切除することになると主治医に言われたのです。
 肺をそこまで切除すると、術後のQOLにも影響を及ぼすはずです。実は私はそれまでの期間、自分なりに勉強を積んでいました。そこでまだ治験段階ですが、ラジオ波焼灼療法(以下RFA)という治療法を持っている三重の大学に自分で手紙を書いたのです。
 大学の教授からすぐに良い返事がきたため、主治医に相談し行かせてもらいました。受診の結果、ラジオ波治療が可能とわかり、4泊5日の入院で治療。治験の段階だったので費用も3割負担で助かりましたね。ただしRFAには弊害があり、その場で照射して患部を焼くため細胞診ができないこと、ピンポイント治療なので周辺へ散ったものを対処できないことです。
 残念なことにその懸念が当たり、その後リンパ転移が見つかって大動脈傍リンパ節と縦隔リンパ節など2回の手術でリンパを3カ所ほど取りました。それからも転移を繰り返し、まるでいたちごっこのような闘病を続けています。この6月にも14カ所目の転移が見つかり、また治療生活に入ります。こんなに転移、再発しても早期発見に努め、適切に治療をすれば障害も少なく、しっかり生きていられることを実践しているのが現在の私です。
 治療のため仕事はできなくなり、一時は不治の病という言葉に押しつぶされそうになりました。しかし、同じ病室の患者さんたちと気持ちを共有し、励まし合うことでまだまだ病気には負けられないと勇気づけられました。
 治療中、困ったことは腎細胞がんの情報が極端に少なく、いくら調べても分からなかったことですね。必要な情報、知りたいことがほとんど分からず、詳しい情報を得られないのがもどかしく、精神的に辛かったです。HPに闘病記を載せようと思ったのはそのことがあったからなのです。今ではHPを通じて仲間もでき、温かい励ましを頂けるのも元気の素といえるでしょう。
 この9月で腎臓がんの手術から5年を過ぎます。それまで無事に生きることを目標としていたので、まずそこに到達し、それからは少しでも早くがんを完治させ、社会復帰を果たしたいと願っています。



渡辺孝男参議院議員
インタビュー

政党が取り組む『がん対策』第1回目
―公明党のケース

「がんの痛みが取れれば社会復帰も可能になり、
がんと闘う活力も出てきて、
心身に余裕がでてくれば
適切な医療を選ぶこともできます・・・」

がん対策基本法づくりに奔走した
渡辺孝男参議院議員(医学博士)に聞く
「がん医療の課題これから」
昨年、施行された「がん対策法」に基づき進められていた『がん対策基本推進計画』が閣議決定されました。放射線治療ができるがん診療拠点病院の整備、緩和医療、がん検診等々を盛り込んだ基本推進計画をもとにして、これから都道府県で、がん対策にかかわる計画の具体策が立案され実行されていく手はずになっています。いつ、どのような計画が明らかにされるかは、都道府県によって異なりますが、がん患者さんと家族にとって朗報と言えましょう。がん対策は、チーム医療が不可欠ですが、政治側からのサポートも不可欠です。そこで各政党では、どのように、がん対策を受け止めているでしょうか。今回は、超党派による「がん対策法」制定に尽力してきた、参議院議員で脳神経外科医でもある渡辺孝男さん(医学博士)に、公明党が実践する「がん医療の課題とこれからについて」お聞きしました。

■2005年6月、党内に「がん対策プロジェクトチーム」を発足

 2005年6月、公明党内に「がん対策プロジェクトチーム」が発足しました。がんで苦しむ患者さんとその家族に対する適切な情報提供、がん診療拠点病院の整備、痛みに対する緩和医療、再発・転移後の対応等々、心身ともに辛い日々を送る患者さんと家族が、どのようにしたら安心してケアやサービスが受けられるようになるか、さまざまな問題点解決のためのものです。このチームが中心となり、「がん対策基本法」の制定に向けて、話し合いが進められてきたのです。
「医療相談を受けてきたなかで、とくにがん患者さん、家族の方々からの問い合わせが多かったのです。党としても、早急にがん対策を推進しなければならないことを痛感しました。そこで関係者の方々から、ご意見をお聞きしたところ、緩和医療が立ち遅れていること、在宅におけるホスピス、諸外国比べて低いがん検診率のあり方、がん診療拠点病院の整備、そして三大がん治療の中でも、とくに放射線治療にかかわる専門医が不足していることも明らかになりました」
 がん対策基本法は、同党のプロジェクトチームが中心となって、即法案づくりをスタートさせ、自民党にも呼びかけ与党でまとめました。最終的には、がん対策基本法は、超党派議員の全会一致で法案は成立し、2007年4月に施行されています。
「基本法は、積極的に患者さんの意見も取り入れられました。これまでは、どちらかといいますと、医療従事者や行政主導のケースが少なくなかったのですが、患者さんも関与なさったことは高く評価できると思います。それと、日本のがんの姿が変わってきたことも、関係していますが、胃がんや子宮がんが目立ち、治療は手術、薬物が中心でした。しかし、乳がん、大腸がん、肺がんの罹患率が増えてきたこともあって、がん対策は実情にあった内容でなければならなくなったのです」


■放射線治療に携わる人材育成、放射線治療ができる診療拠点病院の整備、
そして緩和医療の普及・啓蒙の必要性


 基本法に盛り込まれた、各地における推進計画の策定と実践については、6月15日の早朝に行われた閣議で、その全容が確認されたことを受けて各地で計画づくり、予算の確保が始まることになっています。党としては、この推進計画については、どのように受け止めているのでしょうか。
「まず第一に、放射線治療に携わる人材育成と放射線治療のできる、がん診療拠点病院の整備です。二つ目は緩和医療です。患者さんやご家族の方々からは、日本の緩和医療は遅れているとの指摘を受けています。例えば末期になってから緩和医療を受けるのが一般的ですが、諸外国に比べると考え方が違います。WHO方式でいえば、がんと診断されたときから、緩和医療は始まるということですが、実際に、がんと診断された患者さんの心の痛み、悩みは想像を絶するほどです。家族も同様な状態が起こるケースは少なくありません。
 緩和医療は、がん告知を受けたときからスタートする、極めて重要な部分であることを認識して、治療に当たっていただきたい。国民の皆さまも、このことを知ってほしいですね。ですから党としては、緩和医療の普及・啓蒙が、世界に遅れをとっていることを強調したい。早急に、対策を講じていかなければならない重要課題の一つでもあります。手術や化学療法にしても、医療機器・治療法の進展や優れた薬剤の開発で、がん対策は徐々に進展はしていますが、緩和医療の場合は、本当に遅れています」
日本には、昔から「我慢をすることが美徳」といったことがまかり通ってきましたし、モルヒネの使用にあたっても、「もう末期なんですか」「助からないのですか?」と患者さんの家族から聞かれる医師は数多いことも確かです。
「でも痛みさえとれれば、社会に復帰することも、会社に行くことも可能になりますし、がんと闘う活力も出てきて、何とかして生きたいという強い意思も生み出します。痛みを取ることで、心身に余裕がでてくれば、今度は適切な医療を選ぶこともできます。心の迷いもなくなり、積極的にがんを克服しようという意欲も出てきます。患者さんの生活の質も向上し有意義な生活を送れるようになるのです」


■三大療法、免疫療法に続く“第五の医療”としての統合医療も選択肢の一つ・・・

 がん医療では、がんにならないように食事や運動をする一次予防、検診による早期発見・早期治療という二次予防が注目されていますが、実は再発や転移を防ぐ三次予防が重視されなければならない時代が到来しています。しかし医療機関では、具体的に治療後の予防をアドバイスするケースは多くはありません。でも予防重視の時代にあっては、再発を防ぐ、転移を防ぐことに重きを置かなければならない時代になってきたことは間違いありません。
「手術、抗がん剤、放射線という三大療法のほかに、“第四の療法”として免疫が俎上にのぼっているようですが、がん患者さんにとって効果のある療法はまだあります。例えば温泉療法ですが、温泉は体と心をリラックスさせてくれます。しかも熱を与えることで、体の傷を修復する物質(生体を防御する物質)がでてくるとの研究もありますし、がんの治療のなかでも温熱療法が行われていますから頭に入れておいてほしいですね。サプリメントも、食事療法の一環として必要ですし、三大療法にプラスして、体の免疫力を向上させるという意味では欠かせないものです。笑いだって、森林浴も、ストレスの解消と免疫力を高める作用のあることもわかっています。こうした統合医療を三大療法に組み合わせていくことも、がん医療の選択肢の一つになりますね」
 渡辺議員も加わった、超党派の国家議員による統合医療推進のためのワーキンググループも誕生しました。
「三大療法にプラス、副作用のない療法も組み入れることで、がん患者さんの生命力を高めることに結びつきますし、それに大切なことは、良い効果がでたことが、いったいどのような仕組みなのか、しっかりと科学的に検証することです。免疫が“第四の療法”であれば、さしずめ統合医療は“第五の医療”といえるかもしれません」
脳神経外科医として、脳卒中や頭部外傷といった、突然発症する急性医療最前線に携わってきた渡辺議員。
「急性医療は、時間が勝負、一時の余裕もない状況で、即治療しなければなりませんが、がんの場合は、診断、治療と続き、自分のこれからの生活を考えられる余裕が、まだあります。ご自分のがんをしっかりと受け止めて、どのような治療が有効なのか、病気の性質を見極め納得した治療を受けることもできます。一次予防、二次予防はもちろんですが、痛みの緩和、再発や転移後の予防など、党としては、これまでのように先頭を切って、がん対策に取り組んでいきます」




田中 祐次さん
連載

おしゃべりをしたい患者さんへ
お医者さまからの呼びかけ

『闘病も人生。だからこそ
自分の人生を輝かせて・・・
院内患者会の輪づくりに参加した体験記』

田中 祐次
(東京大学医科学研究所探索医療
ヒューマンネットワークシステム部門助手)

患者さんの会から、さまざまな情報が提供していただいていますが、つい最近、院内患者会について、お話を聞く機会がありました。“もも先生”と呼ばれている医師の田中祐次さん(東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門助手)です。さまざまな患者会の設立に奔走されてきた田中先生は、院内患者会づくりにも参加されています。では、院内患者会とは、いったいどのような活動をしているのでしょうか。田中先生から、実院内患者会づくりに参加された体験記が届きましたので、ご紹介しましょう。
第一回目──プロローグ

■2000年に始まった患者会「ももの木」のこと

はじめまして、ももです(皆からは、もも先生と呼ばれています)。これから5回シリーズで私のすすめている院内患者会に関して、お話させていただきたいと思っています。
え、患者会とは違うの?と疑問に思われた方もおられるかもしれません。そうなんです、違うんです。違うことが、とても大切なのです。そしてこの「院内」には、深いわけがあります。
さて2000年に始めた患者会「ももの木」は、入院中に仲良くなった患者さん同士、退院しても会えたらいいな、というとても単純な思いでした。そしてラッキーなことに、賛同していただいた患者さん(Oくん)とともに、開始することができました。Oくんと僕は、とても違う存在でした。まじめで、きっちりタイプのO君は、縁の下を自ら支えてくれましたが、ノー天気な私は、「いい」と思ったらまず動いていました。
こうして患者会「ももの木」は、集まっておしゃべりをするだけの会としてスタートしました。僕が企画する交流会は、常にレストランや居酒屋などを選んでいたのですが、O君の場合は、常に病院のレストランでした。そこで病院のレストランにこだわるO君に、その理由を聞いてみました。
「自分が入院しているときに、こういった会が欲しかった。だから、入院患者さんに参加してもらいたいので、院内なんです。」
O君は、私に教えてくれました。驚いたことに、日本中を見渡してみると、実はこうした趣旨(入院患者さんに参加してもらいたい!!)で行っている患者会は、ごくわずかですが、すでにありました。「これぞ患者さんの本音なんだ」と思ったのです。僕自身は、患者さんのなかに答えがあると考えているので、さっそくこの「院内患者会」を支援したいと考え活動を始めました。


院内患者会世話人連絡協議会の様子

■院内患者会こそが病院のファンクラブ、サポーター

 現在は、20近い院内患者会が日本中にあります。その会に参加させてもらって、分かったことがたくさんありました。「退院した患者さんたちが、わざわざ参加してくれるのか」、いえいえ、心配をよそに、たくさんの方が参加してくれています。「2時間も話をするだけでいいのか?」、いえいえ、2時間では患者さん同士のおしゃべりは終わりません等々。
そして、この院内患者会は、実は病院のファンクラブ、サポーターであることも分かったのです。巨人ファンは、巨人の選手を叱咤激励するのも、それだけファンだからでしょう、同じように、院内患者会のなかで苦情などが聞かれても、それは叱咤激励でした。
 この院内患者会を支えているのは、実は参加者全員です。もちろん、まとめ役の世話人の方の苦労は一番でしょう。でも参加している一人ひとりが、一歩前にでて参加している姿が、そこにはあるのです。それに話を聞くだけではなく、話をしていただけるのです。気軽なおしゃべりなんです。そして、そのおしゃべりのなかに、患者さんの本音が詰まっています。
院内患者会は、“情報交換の場”でもありますが、それが目的ではなく、そう、おしゃべりをしに集まっているのです。富山にある、「すずらん会」(http://www.toyamav.net/~suzuran/)にある通り、「悩みは人に話すことで半分になり、喜びは人に話すことで倍になる」というわけです。
 あ、もちろん世話人の方の息抜き場もつくりました、それが、院内患者会連絡協議会(患連協:かんれんきょう http://www.medicina-nova.com )です。


■ 院内患者会連絡協議会は、院内患者会を開催している人、これからする人のための連絡協議会です
http://www.medicina-nova.com

■ ももの木はこちらhttp://plaza.umin.ac.jp/~momo/

■ お問い合わせはFAXください 03-3327-0577
■ もも先生とお話したい方はメールください tana-tky@umin.net



BOOK紹介
がん・難病とともに生きる人々の真実の言葉が綴られた
亀井眞樹・川口恭編著『いのち輝かそう』

「誰よりもつらく苦しく悲しいはずのあなたからの“ありがとう”」−がん・難病とともに生きる人々の真実の言葉が、一冊の書『いのち輝かそう』(ロハスメディカル刊)にまとめられました。
 本書は、がん・難病に関する体験手記を募ったJハーブ主催の「第1回いのち輝かそう大賞」に寄せられた応募作品130編のなかから、大賞及び各賞にノミネートされた57作品を収録したもの。
「がんを卒業したわたし」「がんとともにあるわたし」「難病とともにあるわたし』「がん・難病のあの人を支えたわたし」「がん・難病のあの人を支えるわたし」に分けた57作品。読むほどに、がん・難病と闘う人たち、支える人たちの心情が浮き彫りにされています。
同賞の主催者、同書の編著者でもある亀井眞樹氏(医師)は、1984年、母を子宮頸がんで亡くしました。温もりの残る母親の手を握りしめながら、まだ生きている可能性を信じた亀井氏。その7年後には、今度は交通事故で弟を失っています。そして医師として、さまざまな患者さんの死と、がん・難病に立ち向かってきた亀井氏の優しい心配りが、文章から感じとれます。本文384ページ。1500円〔税別〕
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