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月刊がん もっといい日Web版

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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803




週刊がん もっといい日
2007年Vol.77
9月28日更新


Vol.77号の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@私のがん闘病記
乳がん手術後に一念発起、体験者として患者たちをサポートし
医療者の意識改革を求める

神奈川県在住 今井俊子さん(69歳)のケース


A乳がん闘病中の内山 遥(うちやま はるか)が
レポートする連載『がん患者さんのための「免疫とがん」講座』
第9回 「再発を防ぐための考え方と生活」その1―がんサバイバーに学べ
取材協力:「21世紀の医療・医学を考える会」e-クリニック代表理事 岡本裕医師


Bがん患者さんからの投稿エッセイ
『さっちゃんのがん物語』
「がんは人生の軌道修正の切り札、チャンスなのだから・・・」───佐藤幸代

第6回目 『がん縮小への取り組み』


CBOOK紹介

07年9月21日更新内容 全記事はこちら

「検診を怖がらないで!早期発見は治る可能性大。乳がんを放っておくほうが怖い」
乳がん患者の組織「あけぼの会」の副会長、富樫美佐子さんが自身の体験語る

J&Jが実施した乳がん患者の組織「あけぼの会」対象のアンケート調査結果を踏まえて、同会の副会長、富樫美佐子さんは、検診の重要性について、ご自身の体験を通じ、「手術を受ける前の自分が、いかに乳がんに無知であったか」と反省しながら、自己検診の必要性を強調しました。
富樫さんは、30歳前から、毎年、乳がん検診(触診)を受けた後、1996年、胸にシコリが見つかりましたが、2週間後のエコー検査で「異常なし」の診断を受けました。
しかしその3年後、歩いていて胸の痛みに気づき、自己検診でピンポン球のシコリを発見。エコー検査でシコリを確認し、40歳のときに乳腺科で乳がん手術(Ua期)。術後2年の定期健診で、肺への転移が分かり、現在、治療中です。
「今思えば、いかに私が無知であったか」と話す富樫さん。以下は、富樫さんの女性へのメッセージです。
●1か月に1回は自己検診して、シコリを見つけたらすぐに受診してもらいたい
●検診も、触診だけでなくマンモグラフィー、またはエコーを受けてもらいたい
●シコリがあったら、それが良性のシコリなのか、乳がんなのか、しっかりと調べること
●検診を怖がらないで!早期発見は治る可能性大。乳がんを放っておくほうが怖い
さて今週もまた、皆さまにとって「もっといい日」でありますように・・・。

『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.77☆☆☆


私のがん闘病記

乳がん手術後に一念発起、
体験者として患者たちをサポートし
医療者の意識改革を求める


神奈川県在住 今井俊子さん(69歳)のケース

今井俊子さん

病歴:1984年/乳がん ステージ1
治療:ハルステッド術(右乳房、胸筋、リンパ節を切除)
乳がん患者会「新樹の会」連絡先:044-711-3876

■入浴中、右乳房ににコリっとしたものを感じた

 乳がん体験は、もう23年も前のことです。しかし今も私は、乳がん患者会「新樹の会」の代表として、乳がんとの闘いを続けています。40代も半ばを過ぎた頃、入浴中、いつものように体を洗っていたときに、それは分かりました。右乳房に触れたとき、手の平にコリっとしたものを感じたのです。…ショックでした。
 当時、私は看護学校の教員をしており、多少は医療の知識がありましたし、それでなくとも、女性にとって乳房のしこりには、尋常でないものを感じます。その場にへたり込んで泣いてしまったことも、記憶に新しいですね。
 すぐに受診しましたが、現在と違って当時の医者は、インフォームド・コンセントの意識など毛頭なく、ほとんど何の説明もないまま手術を宣告されたのです。乳がんの可能性を問うても、「手術しないと分かりません」の一点張りでした。そういう時代だったのです。
 今でこそ初期の乳がんは、十分、温存術で治療できますが、その頃の治療法は、ハルステッド術といって乳房の全摘だけでなく、胸筋やリンパ節(腋の下)も思い切り切除する方法でした。
切除後は、大腿部の皮膚を取って胸に植皮する必要もあり、術後のQOLは著しく阻害されました。腕が上がらなかったり、むくみに苦しんだりするほか、皮膚を剥いだ大腿部の回復にも時間がかかったのです。ただ私の場合、担当医が機転を利かせてくれて、切除した乳房の皮膚を植皮したため、足には傷がつかず歩行にも問題がなく助かりました。


■病室訪問が患者会「新樹の会」創設のきっかけに・・・

 ところが私の入院中に、もともと心臓病を患っていた夫が倒れ、同じ病院に入院しました。私は自分の病室から夫の病室に日参し、食事の介助をするなど、心身ともに大変な負担を抱えました。しかし、それに対するサポートやいたわりの言葉は、ついぞ看護師はじめ医療者側から受けることはありませんでした。
 闘いというと大げさですが、私のがんとの関わりは、術後、回復してから新たに始まりました。医療者との意思の疎通や手術法などについては、ああいう時代だったからだと今では、もう許すことができています。しかし当時はまだ、手術を終えたばかりで、疲れ果てていた状況にあり、許せない気持ちでいっぱいでした。
そこで、書き綴っていた日記をもとに、2年後に『病と闘う心(すでに絶版)』と題した本を出版しました。それを担当医が読んでくれて、「初めて患者側の気持ちが分かった」と言ってくださいました。
 そのとき、私が以前から考えていたこと…何か患者さんのためにできることはないか、と投げかけたところ、内科と外科の両医師からほぼ同時に「外科病棟の患者さんと会って体験者として相談に乗ってほしい」と言われました。
そこで「病室訪問」が始まり、現在の「新樹の会」創設のきっかけになったのです。病室訪問は、患者さんにとって素晴らしい効果がありました。体験者の話は、不安を抱える患者さんにとってとても参考になりますし、支えになるものです。がん患者の治療は、患部を治すことだけでなく、心のサポートも含めて行ってこそだという実証にもなったのです。
 その後、患者会を発足させ今年で20年目になります。今後も、できるだけ患者さんの相談に乗り、回復までの一端を担うことができればと活動に力を注いでいくつもりです。




乳がん闘病中の内山 遥(うちやま はるか)が
レポートする連載『がん患者さんのための「免疫とがん」講座』
第9回 「再発を防ぐための考え方と生活」その1―がんサバイバーに学べ

取材協力:「21世紀の医療・医学を考える会」e-クリニック代表理事 岡本裕医師

岡本裕医師
2001年に、インターネットを介した会員制の医療相談ウェブサイト「e-クリニック」をスタートさせた「21世紀の医療・医学を考える会」e-クリニック代表理事の岡本裕医師は、これまでに多くのがん患者さんを対象に、医療相談、情報提供などを行っています。そのなかで力を入れているのが、「がん完治の必須条件」へのアプローチ。がんサバイバー(治癒者)の貴重な経験をもとに、がんが治る人と治らない人の差は何か、完治する条件とは何なのかを探し出し、がん患者さんに還元することを目標に活動されています。では、がんサバイバーたちは、どのように考え、生き方を変えたのでしょうか。岡本裕医師に、お聞きしました。

■取材・文:内山 遥(乳がん闘病中)

<プロフィール>
「21世紀の医療・医学を考える会」e-クリニック 代表理事 
岡本裕医師
1982年大阪大学を卒業後、脳外科専門医となり、市中病院、大阪大学細胞工学センターにて主に悪性腫瘍の臨床、研究を行う。93年、医療の考え方や手法に限界を感じ、臨床医をやめる。95年にNPO「21世紀の医療・医学を考える会」を設立。2001年、会員制の医療相談ウェブサイト「e-クリニック」(www.e-clinic21.or.jp)をスタート。会員患者の相談に答えるほか、がん治療セミナー、執筆活動などを行い、啓蒙活動に励んでいる。著書に『がん完治の必須条件−e-クリニックからの提言』(かんぽう)、『「死の宣告」からの生還』(講談社)など。

サバイバーたちは
考え方を変え、生き方を変えている

私は、昨年春に手術を受け、その後、抗がん剤治療、放射線治療を受けて、治療が一段落したとき、医師に「これから何か気をつけることはありますか? 元の生活に戻っていいのでしょうか?」と聞いてみました。返ってきたのは、「どうぞ元の生活に戻ってください」という答えでした。
この言葉に、多くの患者さんが「もう治った」と思い込み、また“がんになる生活”に戻っていきます。がんになる生活に戻れば、その先に待っているのは、再発…なのではないでしょうか。
「e-クリニック」で、多くの患者さんの相談を受けてきた岡本裕医師は、「生き方のゆがみが、慢性的なストレスとなり、がんを引き起こします。ですから医師は、ただ三大療法を行うだけでなく、がんを再発させないため、考え方や生活を、どう変えればよいのかを指導すべきなのです。残念なのは、医師が、がんは治ると思っていないこと。おそらく、治った患者さんをほとんどその目で見ていないのかもしれません。医師からさじを投げられても、考え方や食生活を変え、生き方を変えて元気になった方がたくさんおられるのですが、そういう方の多くは、医師と決別しているから・・・」と語ります。
岡本医師は、がんサバイバー(治癒者)と呼ばれる人たちの体験のなかに、がん完治のカギがあると考え、アンケートを実施しています。アンケートの対象になったのは、「中程度以上に進行したがんが治癒し、5年以上元気に過ごしている」という条件を満たした人たちです。
アンケートで、治った人と治らない人の決定的な違いは何か、一つだけ選んでもらったところ、「考え方」という答えがダントツのトップだったと言います(グラフ参照)。
「がんの患者さんと話していると、責任感が強く、頑張り屋さんがとても多いことがわかります。ストレスをまともに受け止め、家族のため、人のため、社会のためにがんばりすぎて、自分を追い込んでしまった結果、病気になってしまったわけです。でも、サバイバーの方たちは、みな、がんになる前と後で、考え方が変わっています」
たとえば、会社人間で仕事が生きがいだった人なら、「自分が、会社をやめたからといって会社がつぶれるわけではない」と考えを変えて、仕事をセーブする。家族のために自分を犠牲にしてがんばってきた人は、「これからは自分の時間を大切に・・・」と考えを変えて仲間と旅行に行く時間をつくる。このように、考え方を変え、生き方を変えた人が、がんサバイバーになっているわけです。
さてサバイバーたちは、何をきっかけに考え方を変えたのでしょうか
「がんになったことで、すぐに考え方が変わった人もいますが、多くは、がんに関する本、先輩のサバイバーや家族の言葉、患者会に出席したことなどがきっかけになっています。なかには、海外旅行先で考え方が変わったという人もいて、みなさん、何かしら行動したことがきっかけになっているようですね」
ちなみに、「医者」と答えた人は、「運」と答えた人よりも少ないという結果。がんサバイバーといわれる人たちは、医師に頼らず、がんを自分で治した人たちなのです。


サバイバーはどこにいる?

がんを経験した私を含めて多くの人たちにとって、がんサバイバーは憧れの存在であり、目標となる人たちでもあります。では、いったいどこに行けばサバイバーに会えるのでしょうか?
「患者会には、必ずといっていいほどサバイバーの方がいらっしゃいますから、まずは参加してみることです。ただし、患者会にもいろいろあって、とても明るい雰囲気で前向きな方が集まっている患者会もあれば、雰囲気が暗くてうまく機能していないところもあります。一つだけでなく、いくつか参加してみるとよいでしょう」
 岡本医師によれば、サバイバーは二つに分けることができるそうです。一つは、普通の人にはまねのできないことをやり遂げて、がんを克服したカリスマ性のあるサバイバー。そしてもう一つは、誰にでもできることを地道にこなし、元気になった普通のサバイバーです。
「カリスマ性のあるサバイバーは、表に出ることが多く、すばらしい人も多いのですが、偏った考え方の人もいて、多くのがん患者さんには、とてもまねができるものではありません。普通のサバイバーのほうが、圧倒的に多いことをぜひ知っていただきたいですし、その方たちがしてきたことを、お手本にしていただきたいですね」
 自分と同じがんの人が病気を乗り越え、元気になっている姿を見ることができれば、大きな励みになります。
「がん完治には、まだ医師たちが気づいていないこと、見過ごしていることがたくさんあり、その答えは、がんサバイバーのみなさんの体験のなかにあると思うのです。21世紀の医療・医学を考える会では、がんサバイバーに、先生となっていただき、がんを治すための教育をするというシステムづくりを進めています」
がんになったら、まずサバイバーに学ぶ。近い将来、それが、がん患者さんの常識になるかもしれない…そう感じました。


<グラフ>
がんが治る人と治らない人の決定的な違い
サバイバー81人の回答(e-クリニックまとめ)より 


☆☆内山 遥の近況報告☆☆ 

私には、毎月待ち焦がれているものがあります。それは閉経前の女性なら誰でも毎月付き合っているものです。
抗がん剤(CEF)治療を受け始めて3か月たったころ、毎月きちんと来ていた生理が遅れているのに気づきました。昨年7月末のことです。インターネットで調べてみると、「アントラサイクリン系もシクロフォスファミドも卵巣機能を低下させる副作用がある」という記述をみつけ、愕然としました。事前に自分なりにいろいろ調べ、主治医にも抗がん剤の副作用については、よく確認したつもりだったのに…。
主治医に尋ねました。
「あれ、言わなかったっけ? 生理が止まっちゃうこともあるんだよね。でもあなたはまだ若いから、きっと戻りますよ」
「言わなかったっけ!じゃないだろー」という言葉を飲み込んだのを、覚えています。
 今年3月、久しぶりに生理が訪れ、「私って回復早い!」と喜んだのもつかの間、一度きりで今に至っています。
 頭髪が脱毛したこともショックでしたが、治療を終えて半年過ぎれば、カツラなしで人前に出られるようになりました。けれど、落ちてしまった卵巣の機能は、そう簡単には戻りません。
男性には、この思いはわからないでしょう。けれど、きちんと説明して欲しかった。そうすれば、もしかして抗がん剤治療を拒否していたかもしれません。更年期障害と思われる異常なほてりなどの症状は、すでに始まってしまっていますが、それでもやはり、そろそろこないかな…と毎月待ってしまうのです。

■取材・文:内山 遥(うちやま はるか)
女性誌や医療関係の雑誌に執筆するメディカルライター。2006年2月、入浴中に左胸のしこりを見つける。検査の結果、クラス5、ステージUの乳がんとの診断。4月に乳房温存手術を受け、リンパ節に転移があったため、抗がん剤治療を6クール受け、さらに放射線治療を受ける。ホルモン剤服用を2か月でやめ、現在は、がん再発を防ぐ生活を模索しながら実践中。

提供:株式会社サン・メディカ




がん患者さんからの投稿エッセイ

『さっちゃんのがん物語』
「がんは人生の軌道修正の切り札、
チャンスなのだから・・・」
───佐藤幸代


佐藤幸代さん

四万十川ユースホステルの門(入り口)お客さんと記念写真

第6回目 『がん縮小への取り組み』

食事を玄米菜食に徹底しようと決めたのは、「人間はなぜ治るのか」というビデオを見て、「がんの自然退縮」という形で、末期がんを克服した人たいの多くが、玄米菜食を実行していたという実例を知り、玄米菜食の効果に確信を持ったのが理由です。
 玄米ご飯は、米の1粒1粒に弾力性があり、歯ごたえがあります。香ばしくて噛むほどに味わい深く美味しいので、おかずが入らないのです。
私の場合は、玄米に5〜10種類の雑穀を混ぜて圧力釜で炊きます。それに、黒のすりゴマと自然塩を振りかけて食べると、すごく美味しくて飽きません。干し椎茸と昆布の
出汁に、大根、ニラ、玉ねぎ、ジャガイモ等々、野菜をたっぷり入れて作ったみそ汁と玄米ご飯だけで、お腹は充分満たされます。

☆あたりまえの幸せ

玄米菜食に徹底し、規則正しい生活をするようになってから約3週間位で、肌のきめが細かく、つるつるになってきました。決まった時間に、大量の便が2回しっかり出て、音の出るガスが、けっこう頻繁に出るようになりましたが、臭いは、ほとんどありません。
四万十川「佐田の沈下橋」

 1回の食事に1時間半くらいかけて、ゆっくりと噛みすぎるほどよく噛んで食べると、心から幸せな感覚になります。排便もまた、何ともいえない快感です。食べて排便する、まったく当たり前のことですが、この当たり前のことが、こんなに気持ち良いことだなんて、今まで感じたことがなかったというか、すっかり忘れていました。何も考えずに、のんびり湯に浸かる時間、ぼーっと景色を眺める時間・・・。
がんになったお陰で、たくさんの大切なことを思い出し、気づかせてもらいました。今、スローな生活が話題になっておりますが、何も気にすることなく、ただ自分のペースでゆっくりのんびり生活するということは、本当に幸せなことだと思いました。

四万十川「鵜の江の沈下橋」

四万十川の夜明

夜明のカヌーツーリング

夜明カヌーパーティー
☆散歩と呼吸法

玄米菜食のほかに、毎日犬の散歩と丹田(ヘソの下の下腹部)呼吸をしました。四万十川沿いは、この頃、梅の花が満開で花の良い香りが風に運ばれて漂っていました。菜の花も咲き始め、うぐいすの声があちこちから聴こえてくるのです。風はまだ冷たいけれど、風景はすっかり春。犬を連れながら、ちょっと汗ばむくらい早足で歩きます。
そして歩きながら、丹田呼吸をします。呼気に時間をかけて、しぼりだす様に息を吐ききり、一気に丹田に空気を入れるように吸います。上り坂では、かなり苦しいのですが、身体の芯に熱線が入ったように温まってきます。
がんは、熱に弱いのです。健康な細胞は温められると、がんを抑えるタンパク質を作り出すといいます。そして、免疫細胞がよく働く体内温度は、37度台だともいいます。
 がんが発覚する前の年の10月頃から、ずっと37度前後の微熱が続いていたのは、正常な細胞が、がんと戦ってくれていたからかも知れません。
なるべく体温が上がるように歩行運動だけでなく、43度位の湯に長く侵かったり、朝、
目覚めたときと夜寝る前に、丹田呼吸の長式呼吸と短式呼吸を組み合わせた呼吸法を、1時間位ずつしました。
これをすると、運動しなくても身体の芯が熱くなって汗ばんでくるのです。また体中を脈打つ感覚がして、血流が良くなります。1日のうちに起床時、就寝時の他数回体温を測定していましたが、いずれも最低36,8度〜最高37,8度。きっと免疫細胞が、しっかり働いてくれていたことでしょう。

☆夜明けの10km歩行

睡眠は、7〜8時間、充分とります。夜8時〜9時には寝て、朝4時前に起き、四万十
川沿いの小さな峠のある山道を往復で約10km歩きます。
冬の朝4時は真っ暗で、新月の日は、山と空の境目がわからない暗闇です。暗闇は、視覚以外の感覚を敏感にしてくれます。虫たちの合唱に包まれ、時々、獣たちの視線や匂いが感じられ、鳴き声や足音が聴こえます。

闇は、見えないから恐い。そしてこの緊張感が、全身にアンテナを張り巡らせてくれて、わずかな変化をも察知できるようにしてくれるのです。懐中電灯で足下を照らしながら山道を歩いていると、少しずつ目が慣れて山裾の線が見えてきます。 星の瞬きが消えて行き、空が段々と黄金色に染まって行きます。
すると、なぜか虫たちの合唱のなかに、1匹だけ鳥の鳴き声(鳥の初音)が聴こえ、それが朝一番の合図のように、次々とあちこちで一斉に鳥たちが鳴き始めるのです。
ついさっきまでの暗闇の恐怖感、緊張感はどこ吹く風の如く消えてしまい、清々しい朝
の訪れを感じます。空の色は、黄金色からオレンジがかり、朱色、またはサーモンピンクなど、分刻み秒刻みで、微妙に変化していきます。
やがて山裾から太陽が顔を出し、眩しい光の線が水面を照らし始めると、周りの景色
が一変します。木の葉の緑が色鮮やかに輝いて見えて、肌には太陽熱を感じます。ジワーッと浸透するような静かな胸の高鳴り、活気、生気、幸福感・・・。これは、さっきの緊張感や恐怖感を体験してこそ感じられる感覚なのですが、この闇から光へ移行する夜明けのときの神秘的な出来事を体験すると、瞑想で再誕生の感動を毎朝感じることができるのです。
小さな峠を二つ越えると、帰り道は心も体も温まって、軽く汗ばむ程になります。冷た
い風が、とても心地良く感じられ、体中の細胞が目を覚まし活性化して、がん細胞を退縮させてしまうように感じられて元気になれます。

☆☆☆四万十川ユースホステルから(の呼びかけ)☆☆☆

四万十川は、浄化の川!自浄作用のみならず、回りのすべてのものや人の魂までも浄化してしまう素晴らしい力を持っていると、私たちは感じています!
 私たちは、四万十川の力とともに、旅人の心と体の疲れを癒し、明日への活力を養える癒しの宿を目指しています。ぜひ一度、心と体のリセットに来てくださいね!
http://www.gallery.ne.jp/~yh40010/を、ご欄ください。

■四万十川ユースホステルへようこそ!
http://www.gallery.ne.jp/~yh40010/canueh.html

■佐藤幸代さんのブログURL
http://shimantoyh.seesaa.net/


BOOK紹介

重いうつ病、脳梗塞から再起した免疫学の専門医、
福田稔氏著『病気が治る人の免疫の法則』

アトピー、がん、リウマチ、うつ病など、長く患うつらい慢性病を、刺絡療法で治し続けてきた免疫学の専門医、福田稔氏らが、大病を患ったときに見つけた、根本的に体質を変えるための「免疫の法則」に基づき記した書。
「薬でも手術でもない、自分が本来もっている力(免疫)を高めることで必ず体は癒える」という強いメッセージと免疫を高める具体的なメソッドがまとめられています。
 四六判並製、本文224ページ。定価(本体1300円+税)発行所はWAVE出版(TEL:03-3261-3713)
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