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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803




週刊がん もっといい日
2008年Vol.115
7月4日更新


Vol.115号の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@連載
生きるための緩和ケア最前線―痛みからの解放
第4回目『患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら在宅を含む緩和ケアに取り組む』
取材協力:吉沢明孝医師
(要町病院副院長、要町ホームケアクリニック院長)


A連載
がんになった教師から生徒たちへのメッセージ
がんという病と闘い生きる姿、そして「命の不思議」と「大切さ」
友村忠(ともむら ただし)
第15回目『しゃぼてんクック』

08年6月27日更新内容 全記事はこちら

二ノ坂保喜医師が、福岡緩和ケア研究会の
年次大会レポートをブログで紹介

先ごろ福岡緩和ケア研究会の年次大会が開催されましたが、その詳細な報告を、福岡市早良区で、にのさかクリニックを開業する二ノ坂保喜医師がご自分のブログで紹介されています。
年次大会のテーマは、『日本の緩和ケアの行方』。2年前から在宅ホスピス、コミュニティケアに踏み込んで活躍されている山崎章郎氏(小平ケアタウンクリニック院長で日本ホスピス緩和ケア協会理事長)の講演と、在宅医、訪問看護師、老人ホーム、病院緩和ケアチームといったメンバーによるパネルディスカッション『福岡で大往生できますか』が行われました。
「これからの緩和ケアの柱は、スピリチュアルケアであるという考えで、今回は、スピリチュアルな話がメインでした。山崎さんのお話も、とても分かりやすく、在宅で同じようなことを感じている私としても、とても共感できるものでした。パネルディスカッションも、活発な議論で会場も多いに沸きました」(二ノ坂保喜医師)
 詳細は、二ノ坂医師のブログ(http://drnino.cocolog-nifty.com/drnino/)で。
ところで緩和ケアに関しては、『週刊がん もっといい日』編集部で、4月から毎月1回、『生きるための緩和ケア最前線―痛みからの解放』を連載中です。4回目になる7月度は、『患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら在宅を含む緩和ケア』と題して、要町病院副院長・要町ホームケアクリニック院長の吉沢明孝医師が語っていますので、ご一読ください。
さて今週もまた、皆さまにとって「もっといい日」でありますように・・・。

『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.115☆☆☆

吉澤明孝医師

連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第4回目
『患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら
在宅を含む緩和ケアに取り組む』

取材協力:吉沢明孝医師
(要町病院副院長、要町ホームケアクリニック院長)


<プロフィール>
1959年東京都出身。85年日本大学医学部卒業、89年同大学院修了。癌研究会附属病院麻酔科を経て要町病院副院長、要町ホームケアクリニック院長。麻酔科指導医、ペインクリニック認定医、東洋医学会認定医、慈恵会医科大学麻酔科非常勤講師、東京医科歯科大学非常勤講、日本緩和医療学会代議員、JPAPオピニオンリーダー、医学博士。

日本ではまだ、「緩和ケア」と聞いただけで絶望し、あきらめ、悲観する人が大半を占める。しかし、本来の緩和ケアとはそのような性格のものではないはずだ。「緩和ケアとは死を待つ医療ではない。尊厳を持って生きることを目的とした医療です」と語気を強めるのが、東京・豊島区にある要町病院の吉澤明孝副院長。日々その信念のもと、患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら在宅を含む緩和ケアに取り組んでいる。身体的苦痛だけではない、「トータルペイン」に重きを置いた吉澤医師の緩和ケアに対する思いを語ってもらった。


■必要に迫られて、がんの疼痛コントロールを始めた

 日本の緩和ケアの第一人者と知られる吉澤医師だが、最初は外科志望だったという。
「ちょうど僕が医師になる直前に、父(故吉澤孝司医師)に麻酔科を勧められたんです。まあ自分としても、将来、外科に行くなら麻酔科を勉強しておいた方がいいだろうと思ってその通りにしましたが、今思うと、それが緩和ケアに進む第一歩になっていますね」
 父の設立した要町病院に入職すると同時に、当時、池袋にあった癌研附属病院の麻酔科にも籍を置く。そこで外科から、「痛みの強いがん患者がいるんだけれど、なんとかならないか?」と相談を受けるようになり、“ペインクリニックの延長”として手伝うようになった。
「当時は、緩和ケアなんていう言葉もなかったので、必要に迫られて、がんの疼痛コントロールを始めたという感じです」。
しかし、その頃の癌研には、緩和ケアのためのベッドはなかった。それでもがん性疼痛のコントロールへのニーズは高まり、とくに頭頚科のがんは、在院日数が長くなることから、吉澤医師の本拠地でもある要町病院で「受け入れてほしい」との要請があり、それを受けることになる。
「癌研では、身体的な痛みだけを担当していたので疼痛管理には自信がありました。ところが、自分が主治医になって初めて、身体的な痛みを取り除くだけではダメだということに気付かされたのです。社会的、精神的な苦痛への対応も必要だったんです。若かったといえばそれまでですが、鼻っ柱を折られたような衝撃でしたね」。
それ以来、吉澤医師は、傾聴、共感、手を当てる、そしてユーモアを取り入れた“トータルペイン”への対応を練るようになっていく。
師匠はいない。すべてが独学だ。臨床でn一つひとつ勉強していくしかない。しかし、そうして身に付けてきた知識と技術だけに、現在の吉澤医師の治療に対する姿勢は強い自信に裏打ちされている。


■半径16キロのエリアを対象に
半日で10人前後の患者宅を回る「在宅型緩和ケア」

 もう一つ、吉澤医師が力を入れているのが、「在宅型緩和ケア」だ。これには吉澤医師自身、印象に残っている思い出がある。
「小学校の頃に、父親との会話のなかで、将来どんな医者になりたいか――を話していたんです。そのときに僕は、『トラックに医療材料を載せて、患者さんの家を回る医者になりたい』と答えたんです。病院で患者が来るのを待つのではなく、自分から患者の家に出かける医者になりたかった。まさに今、やっている在宅診療なんですよ」
現在、吉澤医師の在宅診療は週2回。しかし、他の医師の診療を含めると、火曜から土曜まで在宅診療が組み込まれている。半径16キロと広いエリアを対象として、半日で10人前後の患者宅を回る。本来であれば、エリアごとで担当医を割り振った方が効率的だが、要町病院では、それにはこだわらない。患者の症状や悩みに合った医師が担当するようにしているため、ときには一人の患者のためにかなりの距離を移動することもある。
「手技的に高度な対応が必要な患者、循環器系に問題のある患者、呼吸器系に不安のある患者――などさまざまな患者のニーズに合った医師が担当するようにしています。もちろん誰が担当になっても一定水準のケアが可能ですが、こうすることにより、それ以上の細かな部分で専門性を生かした治療が可能になります」
そう語る吉澤医師は、主としてメンタル面でのサポートが特に必要な患者を受け持つことが多い。得意のユーモアあふれるコミュニケーション能力がここで役立つのだ。


■医療スタッフに求められるのは
「患者と家族のことをよく知る」という姿勢

病棟と在宅での治療の違いについて、吉澤医師は次のように語る。
「病院では、患者の家族はお客様なのに対して、在宅では我々医療スタッフがお客様。この違いを常に意識していないと、コミュニケーションを深めることは難しい」
在宅で、何より医療スタッフに求められるのは「患者と家族のことをよく知る」という姿勢。勢い病棟と比べてスタッフと患者、スタッフと患者の家族の関係は濃くなるが、吉澤医師は、「無理してそこに一線を画す必要はない」という。
「よく、自分の受け持ち患者が亡くなっても看護師は泣いてはいけないなんて言われますが、一所懸命に看病した結果残念ながら亡くなったときに、『よく頑張ったね』と思うことができれば自然に涙は湧いてくるものだし、僕だって泣きますよ。人間の死とは、単に悲しいというだけではなく、尊厳の終着地点でもあるわけです。あなたの人生は素晴らしかった、見事だった、カッコ良かった――と思えれば、涙がでるのは当然のこと。無理に止める必要なんてないんです」。
 取材の間、吉澤医師が幾度となく口にした言葉が「尊厳生」。医療は、すべてこの「尊厳生」のためにある――というのが吉澤医師の信念であり、すべての行動の立脚点となっている。
「今でも緩和ケアを“死を待つための医療”と思っている人が大半を占めますが、死ぬために医療など必要ない。緩和ケアとは尊厳をもって生きるために苦痛を取り除く医療であり、決して後ろ向きの医療ではないはず。少なくとも僕は、そのつもりで緩和ケアに取り組んでいます」


■在宅の緩和ケアとは「家で楽しく生きることが目的」

たとえば患者が、在宅での緩和ケアを選んだ場合、吉澤医師は家族がこのことを理解するまで繰り返し説明するという。
「在宅の緩和ケアとは、家で楽しく生きることが目的であって、家で死ぬことが目的じゃない。患者が家に帰ることで、家族の不安が強くなると考えるようなら、在宅での緩和ケアはすべきではないし僕も勧めません。患者が家に帰ったときに、家族が『おかえり!』と声をかけ、たとえ患者は食べられなくてもみんなで食事をして、会話をして、笑い声が上がることで、初めて患者の尊厳生が保たれ、在宅での緩和ケアは成り立つんです」
 患者にそうした意識を持たせる努力をする一方で、吉澤医師は現在の医療制度の抜け穴を指摘することも忘れない。患者の家族が、もしギブアップしたときに、速やかに受け入れる医療体制の整備ができていないというのだ。
国は、がん拠点病院と在宅で緩和ケアを担当する医師の連携の重要性は指摘するものの、その間で“万一のときに受け入れる中間型施設”の必要性には触れていない。それが整備されたときに、家族も患者の尊厳生に意識が向けられ、理想的な在宅型緩和ケアが実現するに違いない。
いま要町病院は、診療報酬上のバックアップのないまま、率先してその受け入れ施設を買って出ている。だからこそ、吉澤医師の口をつく苦言に重みが増すのだ。


■効果的に医療用麻薬を使うことで
QOL(生活の質)を高めることを考えるべき・・・


 これまで、この連載でも繰り返し触れてきたが、医療用麻薬に対する患者や医療者の知識の希薄さも、緩和ケアの健全な形での認知拡大の阻害要因になっている。
「薬物依存を不安視する患者は非常に多い。そもそも日本では、子どもの頃から麻薬と覚せい剤は悪者の筆頭として教え込まれているわけで、それをいきなり『大丈夫だから使いましょう』といったって、簡単には納得できません。その不安から、何度も同じ質問をしてきますが、そんなときは、毎回、初めて訊かれたときのように説明することが大切。『前にもいったでしょう』なんて言ってしまうと、患者が委縮するだけです」
 医療用麻薬に対する知識のなさは医療側にも言えることで、吉澤医師も参加するJapan partners against pain(JPAP)が、2年前にネット上で1000人の外科治療に携わる医師に「医療用麻薬に関するWHO5原則を知っていますか?」とアンケートを取ったところ、「聞いたことがあるが内容は知らない」と「知らない」という答えが47%を占めたという。 
昨春に施行された、がん対策基本法では、これを5年ですべての医師に周知すると謳っているが、吉澤医師は、そんな簡単な問題ではないとため息をつく。
「いまだに患者に向かって『麻薬なんか使うと廃人になる』なんて話している医師もいるんですからね……」。
繰り返すが、がん性疼痛に関しては、医療用麻薬の使用による薬物依存の危険性はない。痛みがあるときは、効果的に医療用麻薬を使うことでQOL(生活の質)を高めることを考えるべきだし、進行がんや転移がんだけでなく、それ以前のステージであっても、緩和ケアが介入することで治療の質は大幅に向上する。



■尊厳をもって生きるための“医療” が緩和ケア

緩和ケアとは、症状がある患者の症状を緩和することであり、進行がんと転移がんだけを対象としているわけではない。吉澤医師は、さまざまな工夫で、そうしたステージの低いがん患者の痛み除去にも取り組んでいる。
「たとえば頭頚がんで放射線治療をすると、のどが焼けてバーニングペインという痛みが生じ、ものを飲み込みにくくなる。そこで頭頚科の医師と相談して、胃薬とキシロカインを凍らせたアイスボールを作ったんです。患者はこれを舐めることで、徐々にのどの症状を和らげることができます」
乳がん治療でも、緩和ケアのニーズは高い。
「乳がんの術後痛は神経障害性疼痛ですが、多くの外科系の医師は、がんが取れたんだから我慢しろという。しかし患者にとっては、我慢できない痛みだし、患者は痛みがあると再発を疑ってQOLが下がってしまう。やはり医療が介入すべき問題であり、ここで緩和ケアがきちんと痛みを取ることが大切なんです」
この場合は、すでにがんを切除しているので、患者は“がん患者”ではない。緩和ケアが、がん患者以外も治療対象とする可能性もあるということだ。
「日本人の多くは、緩和ケアとホスピスを同じものとして考えています。しかしホスピスが、苦しまずに死を迎えるという“哲学”なのに対して、緩和ケアは尊厳をもって生きるための“医療”であり、この二つはイコールではないんです」。
この吉澤医師の言葉を、国民が正しく理解する必要があるのだ。

取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二
1965年東京生まれ。日本大学農獣医学部を卒業後、出版社勤務を経て2000年よりフリー。新聞、雑誌を中心に医療記事を執筆。著書に「病院選びに迷うとき 名医と出会うコツ」(NHK出版・生活人新書)他。日本医学ジャーナリスト協会会員。




連載

がんになった教師から生徒たちへのメッセージ
がんという病と闘い生きる姿、そして「命の不思議」と「大切さ」

友村忠(ともむら ただし)

<プロフィール>友村 忠(ともむら ただし) 
大学卒業後、みなと山口新聞で一年間記者を経て、福岡県の小学校教師となる。以後、福岡県中間市で教職をとる。 福岡県教育委員会の人権読本の執筆委員となり小学生用の副教材の執筆をする。「おばあちゃんの俳句」(識字教室での様子)、よしおのささぶね(地元教材)、絵本チマ・チョゴリの卒業式(制作スタッフ)などを作成。

第15回目『しゃぼてんクック』


◎ある夜、元小学校教員のAさんが亡くなった・・・

「いいですか、深夜に病院の廊下を走り回る足音や、叫び声を聞いても決して慌てないでください」
がんで3週間の入院後、明日は退院という日の午後。部屋にやって来た看護師に告げられた。
「はて、何のことだろう、まるでオカルトのような話だ」と、退院後の闘病生活のコトで頭がいっぱいの私は、意味を十分に理解できずに床に着いた。
翌朝、朝食の後片付けをしていると、患者仲間のWさんが耳打ちした。
「隣室のAさんが午前2時頃に亡くなったよ」
「え、Aさんが」
驚く私に、Wさんが続ける。
「Aさんの病室は緊急治療で大変だったよ。医者も手を尽くしたんだが、惜しい人を亡くした」
Wさんが、力なく肩を落とした。私は、昨日の看護師が、Aさんの死が近いことを知らせたのだと分かった。
胃がんで長期入院をしていたAさんは、元小学校教員。お互い教員同士ということで、たくさんのことを話し合い教わった。
ある日、Aさんが言った。



◎「時間は限られている、君のやりたいことの優先順位は何だ」

「私が、がん病棟で受けているのは、延命行為だ、治療行為じゃない。それも、たった2〜3年の延命行為だ。だから私は、その間にやりたいことの優先順位を決めた。1番は、来月にある我が子の結婚式まで生き抜くことだ。2番は、孫を抱くことだ。君の優先順位は何だ」
Aさんの深く落ち込んだ瞳が、鋭く光る。私は、答えることができなかった。病院での日々は、がんとの闘い、死の恐怖に耐えるだけで精一杯だった。
 今、がん患者として2年間生きた私は、亡くなったAさんの言葉を思い出す。


◎天国のAさん、孫を見守りながら、
私たち、がん患者を見ていてくれてますか

「時間は限られている、君のやりたいことの優先順位は何だ」
今なら答えることができる。一つは、子ども向けがん予防教材を作る(HP・友村忠で検索可)。もう一つは、6年前にした親たちとの約束、子どもたちが楽しんで学習できる「かけ算99」教材の製作だ。
5月に、ラップで歌い、英語と日本語で覚えるかけ算99CD『しゃぼてんクック』を製作した。
天国のAさん、孫を見守りながら、私たち、がん患者を見ていてくれてますか。
なお「かけ算99CD」につきましては、私のHPをご覧ください。

<編集部からのお知らせ>

『がんになった教師から生徒たちへのメッセージ
がんという病と闘い生きる姿、そして「命の不思議」と「大切さ」』を連載中の友村 忠さんのホームページ『友村 忠の迷い道』が開設されました。URLは次の通りです。
http://www.hpmix.com/home/tocotoco/
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