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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803




週刊がん もっといい日
2009年Vol.154
4月24日更新


Vol.154号の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@クローズ・アップ
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『人間的な良い医療を目指して』>下<
実地医家のための会 創立者  永井友二郎

09年4月17日更新内容 全記事はこちら

4月22日から「1020(トーツーゼロ)」キャンペーンが始まりました
患者さん、支援者ヘのメッセージを届けましょう

「ともに痛みと闘う」考えに賛同した医療従事者が、互いの立場を超えて集まり設立された非営利団体のJPAP。その設立5年を記念して制定された10月20日(疼痛ゼロの日)にむけて今年も、全国規模のキャンペーンが始まりました。
 キャンペーンウェブサイト()のブログを通じ、さまざまな情報を提供する一方、今年も、がんの痛み治療を受けて生きる力を取り戻し、がんと向き合い前向きに暮らす患者さんの想いをこめた作品の募集(JPAPスマイルアワード2009)が、4月22日からスタートしています。
 募集の対象は患者さんと、支援者(家族、医療関係者、ボランティアの方など)で、募集期間は8月31日まで。応募方法はインターネット、郵送。寄せられた作品の選考委員はJPA世話人及び役員。入賞者の発表は9月下旬、表彰式は10月4日に都内で。
 作品の募集とともに、1020キャンペーンサイトに、「JPAPスマイルアワード2009」への応援メッセージ募集コーナーを設置、自分らしく生きる患者さん、支援者への応援メッセージを投稿しサイトで公開されます。募集するメッセージ数は、1020キャンペーンにちなんで、1020のメセージを目指すそうです。
 キャンペーンでは、都内で「イタミヘノイタワリモット 市民フォーラム」の開催や「痛みの相談室」も開設されます。
 JPAPの代表世話人の花岡一雄JR東京総合病院院長は、「痛み治療によって、患者さんは、がんと闘う意欲が出て、自分の趣味を見つけることで生きがいが生じる。日本は諸外国に比べて医療用麻薬の消費量は少ないし、麻薬を使用するとなると、死にゆくためのものであると思ったりする。人によって痛みの度合いは異なるが、近年では貼付剤もでているので、麻薬に対する偏見を、ふしょくする必要がある」と語っています。
 本欄で、何度も述べましたが、緩和医療は決して安らかに死に行くためのものではありません。痛みをとることで、がん治療に対する意欲も出て、社会復帰だって可能になるに違いありません。緩和医療は生きるためのものであるという認識をもってほしいと願っています。
 さて今週もまた、皆さまにとって「もっといい日」でありますように・・・。


『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.154☆☆☆


クローズ・アップ

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『人間的な良い医療を目指して』>下<

実地医家のための会 創立者  永井友二郎


●ことばと医療

 次に、「医療におけることば」。これは医療の最大の柱でありますので、少していねいににおはなししたいと思います。
 私がこの「医療におけることば」の重要性に気づいたのは、昭和38年「実地医家のための会」を発足させたときでした。ちょうどこの会を発足させたとき、私の高等学校同級生で、小児科を専攻し、こころの発達の研究をしていた平井信義先生が、この会の趣旨に賛成してくて、こういう研究会を発足させるのならば、最初に患者さんとの対話、「ことば」の勉強からはじめるといいと、言って、カウンセリングの手法による「ことばの学習」を特別講義で6回 やってくれました。
 私はこの講義をうけたとき、はたして「ことば」だけで、どれだけ治療効果があるか、疑問に思っていました。 しかし、いろいろ、カウンセリングの実例をきいているうちに、ほほう、そうか、と思うようになり、医療にたいする考え方がかわっていきました。
 どう変わったかというと、私はその当時、医師は大学で教わった医学を応用し、診断し、その病名にあった治療をするものだと考え、また、医者は病人より上で、病人は治してやるものだと思っていたのですが、それが、平井先生の連続講義をきいているうちに、私は自分自身が次第に 大きくかわっていくことに気がつきました。
 私はまず、医者である自分が病人より上だという考え方を改め、患者さんと対等の立場でことばをかわすようになりました。そして次に、病人とよくことばをかわすことによって、病人が次第にこころを開くようになり、それだけでも、病人の不安が減るらしいことを知りました。 そして、この 病人とゆっくり話しをすることで、自然によくなる病気は ことばをかわすだけで多く治ってゆくことを知りました。

 以上のことは、私にとっては大変大きな出来事で、私は友人の平井信義先生によって、医療にたいする考え方を根底から変えてもらったと思っています。
 私はこのようにして、「ことばによる病人の人間理解こそ、医療の原点である」ことを知ったのでした。すなわち、もともと人間のわずらいは それぞれの人の固有の生い立ちと生活にむすびついたもので、その人がどういう人生を生きたいと考えているかに 深くかかわるものです。
 人間が病気になって、何に困り、何に苦しむか、何をもとめるかは、ひとりひとり その内容がちがうのが普通で、そのちがいはその病人にとって大きい意味があります。
 そしてこの千差万別の病人のわずらいのなかで、病人のもとめているものを医師につたえるのも、また医師の側から これをくわしくききとり、あるいは医師の考えを病人につたえるのも、すべて医師と患者との対話、ことば以外のなにものでもないのです。

 この意味から、医療は「ことば」にはじまり、「ことば」でおわるといってよい、ということができます。
 それで、現代医学がいかに進歩しても、医療を提供するわれわれが、病人が求めている事柄を理解できなくては、病人を苦しませ、悲しませることになります。
 この意味で、これからの良い医療、病人中心の医療にとっては、「ことば」はあらゆる先端医学にもまさる不可欠の方法論であり、医療の最大の基本といってよいものです。
 そこで、この「ことば」についてすこし立ち入って検討してみます。まず、「ことば」というものが、人間の生活のなかでどんな意味、どんな力をもっているか、考えてみますと、
第一には、「ことば」なくしては人間は考えることも、社会生活をすることもできない。ものごとを分析し、思索し、判断し、自分の考えを明らかにするのは「ことば」によります。
 第二には、相手の人間がどんな人であるかを判断するとき、その判断材料はほとんどが相手のことばである。
 第三に、以上のように人間の生活、文化の多くのもの、宗教も哲学も、文学も、自然科学も、医学も、この「ことば」によって支えられ、育てられてきた、ということがあります。
 このように、「ことば」はわれわれ人間にとって、もっとも大切な生活基盤でありますが、これが乳児のときの「かたこと」ではじまり、その後、自然に身についてきた、あまりにも日常的で身近かであったために、われわれは「ことば」というものの重要性にあまり気づかず、意識しないできました。
 そういうなかで、先にお話しましたように、昭和38年の実地医家のための会発足のとき、われわれは人間中心の良い医療のために、ほかのなによりも医師と患者との「ことば」のやりとりが大事と、その学習を熱心におこなったのでした。
 その内容はカウンセリングの技法にもとづいた病人との面接法で、具体的には今、多くの書物に「患者の面接技法」として書かれているものでした。その詳細は多くの著書にゆずり、私はこの学習を深めるうえで大事な、つぎの3つの事柄をお話したいと思います。

 その第一は、どの患者さんにたいしても、その人間に興味をもつようにして、本腰をいれて話を聞き、話をする。そしてときには、無駄のようにみえても雑談を交えるほどの気持ちで患者さんに接することが大事で、有効です。私はこのことを「雑談療法のすすめ」という小文にし、日本医事新報の4152号にかきました。
 患者さんとゆっくり話しをすることが第一です。
 第二に大事なことは、ものごとを理解するうえで、その対象の構造にしたがって理解を深める視点をもつことです。 そしてその構造として、「歴史的構造」、すなわち、その生い立ちをよくしらべること、さらにもうひとつ、「全体と部分」という構造、この二つの視点で病人をよくみることが大事だということを申し上げたいと思います。

 通常、人やものをよく理解するためには、その「生い立ちの歴史」をしらべることがたいへん有効です。病人の人間理解のばあいにも、その方がどんな育ち方をしたかをきくことで、理解が大きく進むことを経験します。
 それから、病人が訴えてきていることは、問題の重要な部分でありますが、それは全体でないばあいが多い。それで、われわれは病人の訴えている事柄にとどまらず、つねに病人が抱えている問題の全体は何であるか、病人を全体として理解し、問題の解決に取り組む必要があります。すなわち、われわれはつねに、「全体と部分」という視点をもって、病人をみる必要があります。
 そして第三に大事なことは、「ことば」はただていねいにつかっていればいいのでなく、積極的に相手の人によくわかってもらえるように、わかりやすいことばをつかう工夫が必要です。 

 作家の司馬遼太郎さんは、ある講演でつぎのことを述べていました。
 「吉田松陰という人はかたぶつで、こわいひとかと思っていたところ、岩波書店から出ている吉田松陰全集の12巻をずっと読んでいくうちに、まず、松蔭の文章のうまさにびっくりした。古今の名文家ですね。それで、だんだん読むにしたがって、これは単に文才だけ、才能だけの問題でないことがわかってきた。松蔭の文章には非常にこころのやさしさが出ています。自分の考えを人につたえるために、やさしく、やさしく、わかりやすい文章を書いた。このことが松蔭全集をよんでいくとよくわかります。」
とありました。

 このやさしさ、愛情といってもいいと思いますが、このやさしさについて、国立小児病院長だった小林登先生は 「やさしさを科学する」という論文をかいておられます。
 それによると、子どもの発育における母親のやさしさは、からだの発達・成長だけでなく、知能の発達の上でも正常に発達させる力をもっている。さらに、感染症をおこす頻度を減少させ、感染症による死亡率を減らす、と述べています。
 すなわち、やさしさは医療において、具体的な力があることが証明できる、ということであります。これで、「医療とことば」の話をおわります。


●医療における法と倫理

 私は昭和48年、実地医家のための会を発足させて10年目でしたが、当時の厚生省から「医事紛争研究班」の委員を命ぜられました。私はそれまで、医療と法律の関係はまったく無知でしたが、私はこの委員会で毎月1回、法学者たちと3年間、医療事故や医事紛争の勉強をして、医療の大切な一面を知ることができました。
 この委員会の委員長はさきにお話した砂原茂一先生で、その委員には法学者の唄孝一先生という、わが国の医事法学の生みの親〔唄先生はこの業績で学士院賞をうけられた〕がおられ、私はこの唄教授から大変多くのことを教えられたことを有り難く思っています。 それで、本日は、この唄教授から学んだ事柄についてお話しようと思います。

 はじめ、私はこの委員会で、法学者や役人たちの論議をきいていて、おなじ医療にたいして、その見方がまったくちがうことにまずびっくりしました。 私は以前から法律家や裁判官は六法全書や過去の判例をよりどころとして、有罪、無罪をきめ、ときには死刑さえ宣告する、切れ味のするどい、こわい人たちだと思ってきました。
 それで、この法律家たちがどんな方法で、この危険な仕事をしているのか、その議論の進め方を注意してみてきましたところ、唄教授はとくにそうでしたが、法律家たちは議論の進め方がたいへん緻密で、こんなにも細かいことばのつかいかたをするのか、と思ったほどで、私は法律家、裁判官たちの大事な方法論が 「ことば」であったことをはじめて知ったのでした。

 そして私がこの委員会で次に驚いたことは、私がそれまで、医療は人道的な、善意にもとづいた行為と考えていたところ、それが、つぎのように 根底からくつがえされたことです。 
 法律家たちは医療を次のように規定し、認識していました。
 「医師のおこなう診療行為は、投薬から外科手術にいたるまで、外形的には患者の身体にたいする侵襲的行為であり、身体の安全性を害する行為である。したがって、刑法の204条のいわゆる傷害に該当し、また、民法上からは身体権の侵害にあたる。このような診療行為が医師にのみとくに許されるためには、次の三つの条件が満たされている必要がある、として

1、診療行為が診療の目的をもっていること
2、その手段、方法が当時の医療水準からみて妥当であること、
3、診療の目的、および予想される結果について、医師から患者に十分な説明があり、
   患者本人の承諾があること

 ということでした。私はたいへんおどろきました。
 
 また、唄教授から教えられたつぎのことがらも、私の心に深く焼きつくことでした。
 「病人はいつも、そのかけがえのない いのちとからだ を医師にあずけ、やり直しのきかない医療を医師に托している。そして医学がおおきく進歩したといっても、あくまで不完全な知識の体系であり、医療にはしばしば予期しない医療事故がおこる。そして医師たちはこの不完全な医学のもとで、世間にたいし、ひろく病人への献身を誓ったものであることを忘れないでほしい。」
 そしてさらに、
「医療をうける患者たちは、いつも泣く覚悟を要する。泣かねばならぬ危険を覚悟で医療をもとめざるをえない。これは医療の悲しい宿命である。しかし、このことは患者に悲しみをしのばしめるだけのもではない。
 医師は医療のこわさを銘記し、患者が泣き叫ぶ以外に救いがない運命のなかで、医療を托していることを是非知っていてほしい。医師は患者が、からだを傷つけられ、あるいは家族を失って泣くことをも忍ばしめるだけの誠実さ、真剣さで 医療をおこなってほしい。
 医療の原点はまさにここにあり、 不幸にして医療事故が生じたときは、この事故が生じた所以について、医師は患者にたいし、また患者側の人々に、十分な説明をしてほしい。 その事故がたとえ、避けられないものであったばあいでも、その避けられなかった理由について、十分患者側に説明してほしい。

 そのとき、医師の側にも この医療事故による大きな驚きと衝撃があるはずである。この医師の側の驚きと衝撃が患者側につたわらないばあい、患者側にいたずらに悲しみを大きくさせ、またさらに過剰な苛立ちと怒りに進ませることになる。」
 私は以上のことを唄教授から教えられ、 医療事故の実態がどうなっているか、是非知りたく思いました。

●医療事故の実態調査

 それで、私は実地医家のための会会員によく説明し、2回にわたり、実態調査をしました。 このような調査は会員相互の信頼関係がないと行いにくいものですが、さいわい、昭和51年に第1回、15年後の平成3年に第2回、調査することができ、唄教授からも高く評価していただきました。
 この2回の調査をまとめてみると、つぎのようになります。
 調査に答えてくれた161名の医師から、165件の医療事故の報告があり、そのうち、裁判になったものが、8件、死亡事故が42件 ありました。
 くわしい内容は省きますが、われわれ医師はひとり平均1件の医療事故を経験しており、4人に1人は死亡事故を抱えていた、という結果です。
 この場合の医師・患者関係についてみると、不満あるいはクレームを申したてたものが165件中、50件、約3分の1でした。 この患者側の不満・クレームから紛争になったものが10件、信頼を失ったものが23件、説明で納得したもの 53件、そして約半数の患者は不信をのこし、その医師から去っていきました。
 また、医師が自分では過失なしと考えているばあいでも、表面にでた争い、あるいは裁判になったものが8件ありました。
 このように、医療事故は患者にとっては 命がけの、また医師にとってもきわめてきびしいことですので、私はこの医療事故をプライマリ・ケアの大きなテーマとして、正面からとりあげるべきと考え、昭和56年の本学会において、「医療事故を日常診療の一部へ」という演題をだしました。
 その内容は、今申し上げた調査結果にもとづき、医療事故を診療上の例外とあつかうのでなく、日常診療の大切な一部として、積極的に取り組むべきことを述べ、さらに、地域医療システムの一翼として、患者が日常、診療のなかでの不満や医療事故についての疑問をもちこむことのできる医療相談所を設けるべきことを提言しました。

 私はこのように、して「実地医家のための会」をつくって45年、「人間の医学」ととりくんできましたが、昭和61年、東京慈恵会医科大学の学長、阿部正和先生から次のことを依頼されました。このことは医療の本質にかかわる、たいへん大きな事柄であります。阿部正和学長は、私に、是非この話をきいてほしいと、次のようにはなされました。
 「私たち大学では、学生に医学の学理と先端医学は教えることができるが、ほんとうの在るべき医療というものは教えることができません。どうか、先生がた開業医のところで、本当の医療というものを学生たちにみせてやってください。」
と。 それから20数年、慈恵会医科大学では学生にたいする家庭医実習を現在までつづけています。
 そしてその具体的な成果が毎回、学生のレポートに示されていますが、今年の慈恵医大5年生のものにつぎのものがあります。
 「こんどの実習では、患者との信頼関係を築く診療、患者が満足する診療を見せてもらったことが印象的だった。また、訪問診療、往診というものは信頼関係のできた開業医にしかできないものであることを知った。」
 このように、レポートに家庭医実習が医療の本質理解に大きく貢献していることが示されています。
 このことは、日本の開業医の医療のなかに、本日お話した医療のもっとも重要な柱が確実に実践されていることを示しています。

●おわりに

 以上、本日は「人間的な良い医療を目指して」の題で多くの事柄をおはなししてきました。講演要旨にかきましたように、現代医学は大きく進歩していますが、全体としては依然として開発の途中、不完全な知識の体系であり、医療はつねに医療事故発生の危険をはらんでいます。
 このなかで、医師は病人のかけがえのない いのちとからだにたいし、やりなおしのきかない、ただ一度きりの侵襲をくわえるので、大学が教える現代医学だけでは解決がつかない問題がのこるのは当然です。
 このために、進歩した現代医学のほかに、本日お話した事柄を大事な柱とし、毎日の診療に生かす必要があります。すなわち、すべての病気が治っていくその基本は、人間のからだの自然治癒力によるものであること、現代医学はこれを支えるものとして十分活用すること。そして医療においては、常にやさしい、思いやりのある心で、「ことば」を丁寧につかい、病人の人間理解につとめる。
 またさらに、「病人の基本的人権、大事ないのちにたいする畏敬の心」をもち、「法と
倫理の認識、心構え」をもつことが必要です。
 以上の事柄は、医療というものの基本であり、原点ですが、このことは残念ながら、これまで わが国の医学教育にも、医療制度にもとりあげられませんでした。
その具体例として、健康保険の点数を点検してみますと、つぎのようです。
本日お話した病人の人間理解に対する点数として、

初診料 270点
再診料 123点
これに対し、
ひょう疽の切開 990点
虫垂炎の切除手術 6210点

となっています。
 私はむかし、海軍軍医で多くのひょう疽の切開しをしてきました。また虫垂炎の手術も2回しました。化膿した指にメスをいれる、わずかな時間ですむ切開が、時間と全身全霊をつかった初診料の3倍以上という制度は、なんとしても不合理であり、人間軽視もひどいものです。
 すなわち、現在の大学も、医学界も、政治家も、官僚も、医療というものの本質がわからず、川喜田教授のいう「欠陥商品」をそのまま、国民に売りつづけています
 私は政治むきのことは不得手ですが、だまっていることができず、日本医師会の唐澤祥人会長と、まえの厚生労働次官 辻哲夫氏とに、このひどい不合理、人間軽視を是正するよう、とりあえず、初診料と再診料の倍増を提言しました。
 私にはもう時間がありませんが、また、川喜田教授や砂原茂一先生はすでにおられませんが、われわれには4000人を超える本学会があり、仲間の3学会もあります。
 私は真に医療を良くする決意があるなら、これまでの先入観念を捨て、いまこそ病人中心の新しい体制をつくることにつとめるべきだと考えます。
 わが国の医療崩壊を救うため、そして国民が安心して医療がうけられるために、本日おはなしした事柄が、医学教育、医療制度のなかの大きな柱となるよう、皆様とともに、このプライマリ・ケアの道をすすめていきたいと願っています。 
 プライマリ・ケアこそ究極の医学であります。これで 講演をおわります。

<参考文献>

1 川喜田愛郎:医学への招待 日本看護協会出版部 7、 1990
2 永井友二郎:内科臨床メモ 中外医学社  1961
3 川喜田愛郎:医学概論 真興交易医書出版  3、 1982
4 砂原茂一:医者と患者と病院と 岩波新書 101、1983
5 平井信義:ムンテラの科学 人間の医学 創刊号 38、1963
6 永井友二郎:雑談療法のすすめ 日本医事新報 No、4152,41、2007  司 
  馬遼太郎:司馬遼太郎全講演1、朝日文庫 170,2003
8 小林登:育児の人間科学 からだの科学選書 2、日本評論社1982
9 唄孝一:医療における法と倫理 現代のエスプリ 医療と社会189、19710 
10 永井友二郎:医療事故の共同調査 1 人間の医学No78  60、19711 
11 永井友二郎:医療事故の共同調査 2 人間の医学No158  6、  19912
12 永井友二郎:医療事故を日常医療の一部へ 日本プライマリ・ケア学会誌5− 
13 永井友二郎:家庭医実習について  人間の医学NO141 6、1989
14 永井友二郎:プライマリ・ケアこそ究極の医学 日本医事新報 No4093、41、2002



今週のニュース

●アストラゼネカ、乳がんになっても自分らしく生き生きと患者さんをサポートする『フリースタイルクラブ』会員募る
●市民のためのがん治療の会、5月23日にがん検診をすすめる会との共催で平成21年第3回講演会
●日本腫瘍学会、『米国の統合医療におけるがん治療に学ぶ』テーマに
東京で国際統合医療ワークショップ
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☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.153☆☆☆

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『人間的な良い医療を目指して』>上<

実地医家のための会 創立者  永井友二郎


さまざまな医療関係者によって組織されるプライマリ・ケア学会は、患者を中心として医師やコ・メディカル(医療協働者)が、全人医療を目指してきました。MRICメルマガに、「人間的な良い医療を目指して」をキーワードとする論文が掲載されましたの紹介します。

今回の記事は、第31回日本プライマリケア学会学術会議の特別講演1で述べた内容全文です。学会の記録としては、機関紙「プライマリケア」(2008、Vol,31 No、4 261頁)に、特別講演の司会者をつとめた平野寛先生が要旨として4頁にまとめています。


●はじめに

 本学会は創立31周年にあたります。これは明治政府が西欧の近代医学を取り入れてほぼ140年ということからかんがえると、われわれのプライマリ・ケア活動も、その三分の一になった、かなりの歴史を積み上げてきたわけであります。
 そこで、現在のわが国の医療の状態をみると、われわれはいま、医療危機、医療崩壊のなかにいながら、まだ本質をついた議論がないと思います。私はこの問題の本質は、大学や病院が抱える矛盾だけでなく、われわれのプライマリ・ケア、そして医療行政、さらに医療全体のひずみにあると思っています。
 はじめに、医療とはどういうことか、私はこれは ひとりひとりまったくちがった育ち方をし、生活をしている病人にたいして、いちどきりの、やり直しのきかない、命がけの侵襲をあたえることと考えています。
 そしてわれわれがよりどころとしている現代医学は、たいへん高いレベルに進歩しているといわれ、その事実もたしかにありますが、同時に、有名な川喜田愛郎教授が述べられているように、「医学は今日、完成したものでなく、開発途中にあり、どぎつい表現をすれば、医者はいつも病人に欠陥商品を売りつづけている。しかも、医者はこのことをやめるわけにゆかず、それを売り続ける義務さえある」
  これが、現実であります。私は医療とは、本来こうした本質を持つものである、そしてつねに予期せぬ医療事故の起こる危険をはらんでいるという認識がまず必要だと思います。それで、私たちは日頃、多く先端医学を追うことにつとめていますが、この先端医学のみでは病人の期待する不安解消にはなりえない、このことを深く認識する必要があると思います。
 このために、われわれは進歩した先端医学を支える病人中心の幅広い英知、医療学が必要であります。本日は、「人間的な良い医療を目指して」 この欠陥商品である医学を補い、支えるもろもろのものについてお話したいと思います。


●医療の本質

 私は医者でない家に生まれ、育ちましたので、医学のことも、医者の世界のこともまったく知らず、すべて珍しく、興味深く感じながら今日にいたりました。私が大学病院にいた時代、そして病院勤務をしていた時代、それは昭和20年から32年まででしたが、先輩の医師たちは 開業医は不勉強な医者だから、開業だけはするな、といっていました。
 それで私は終生、病院勤務をするつもりでいたところ、ある日、先輩の外科医長から「永井君の診察は病人の話しを聞きすぎたり、無駄な話をしているという。学問的な医師はそんなことはしないものだ」と非難されました。
 私は、指導していただいた内科の教授が人間的に幅の広いかたで、内科医は病人の人間生活をよくみるべきだと教えてくださっていたので、できるだけ病人の悩みや暮らしなど、ききながら診療していました。
 それを先輩医師から非難されたので、この病院にいるよりは自分の城をもったほうがいいと考え、開業にふみきりました。 
 私は開業してみて、これまでの大学病院、公立病院にいたときと まったく違う医療があることにおどろきました。 開業医のところには いろいろな病人がきて、病気の種類が多く、重い病気も軽い病気も、たったいま起こったばかりの、本当の初期の病人もあり、私ははじめて病気の全体像を見た思いがしました。 また患者さんは親しくなると、いろいろ ささいな相談ごとを持ちこんできます。
 私はこうして、大学や大病院では扱うことがない医療の世界、新しい世界を発見して驚きました。そして、開業医のほうが 大学や病院の医師よりも本当の医療、医療の全体像をみているという思いを強くしました。
 それで、私は毎日の診療のなかで、開業医の医療の特徴はなにか、かんがえ、しらべ、私の手の内集として「内科臨床メモ」という本を中外医学社から出版しました。
 この昭和30年代は 開業医はまだ研究会も学会もなく、ひとりひとりが自分の臨床経験だけを頼りに診療していました。 そのなかで、私はすこし親しくなった友人に、つぎのことを訴えてみました。
 「自分たち開業医には独自の領域があると思うので。われわれが抱える問題について発表しあう場を是非つくりたい。はじめは研究会からでいいが、将来はぜひ学会をつくりたい」と。
 こうして、昭和38年2月、原仁先生、浦田卓先生、村松博雄先生と4人で、実地医家のための会を発足させました。 この会が目指したことは、つぎのような病人中心の人間の医学でありました。
 「医師は人間を部分としてでなく全体として、生物としてでなく社会生活をしている人間としてみてゆかなければならない」
 これが最大の基本です。 そして同時に、「医学が専門化・細分化してゆくなかで、病人は納得のいく説明をききにくくなり、それが放置された状況である。われわれ医師は、これをあらためるための努力を、ぜひしなければならない」
 私たちは以上のような目標にむけ、毎日の診療とむすびついた人間的医療の勉強を、毎月の研究会ではじめました。
 当時、わたくしたちのこの活動に対して、医学界ではつぎのような反響がありました。第一は、当時、日本医師会の会長が武見太郎先生でしたが、私のような無名の若造のいいだしたことを、ひねりつぶすのでなく、むしろ大事に見守っていてくれました。そして後には、発起人のひとり、原仁先生を常任理事に任用されました。
 第二には、まえに述べた川喜田愛郎教授ですが、発足3年目に例会で講演していただいたとき、その冒頭で次のように実地医家のための会を評価してくださいました。
 「私は基礎医学者として、毎日きびしい研究をつづけているが、大学の臨床の教授たちをみていると、この方々は、病人をみる医師としても、一方、厳密な研究をすべき科学者としても不満を感じている。 それに対して、君たちの研究会はしっかり病人中心という視点をきめている、私はこういう研究会こそ、これからの医学、医療にとって大事であり、今日はお話するのを楽しみにしてきた」
といってくださいました。
 この川喜田教授はご承知のように、著書「医学概論」が有名で、この本はたいへん重い内容にあふれていますが。そのなかの核心の箇所はつぎのようです。 
 「医療ははじめに病人があった。病人があって医療がうまれた。医学がどのように進歩したとしても、医師は病人を医学の型紙にあわせて裁断したり、病院や医者の都合に従わせて診療してはならない」
というものです。
 また、もうひとり偉い方がおられます。 昔、東京 清瀬に国立東京療養所という結核の大きな療養所がありました。ここの所長であった砂原茂一先生は 私が川喜田先生と同様に尊敬してやまない方ですが、先生はつねづねつぎのようにいっておられました。 
「医師はいつも、自分になにができ、なにをすべきか 考えている必要がある。病人にたいして、有害なことや無駄なことはせず、いつも最大の利益にあった治療だけをしている、そういう自信をもてる臨床家ははたしているだろうか。 
 スモンやサリドマイドの歴史が示すように、医学はあくまで不完全な知識の体系である。医師はこの視点に立ち、先端医学の進歩だけを追うのでなく、人間のもつ自然治癒力を大切に考え、同時に、病人の人間というものをかんがえる、そういう良い医療を基本とすべきである」といっておられました。
 そこで本日は、われわれの意識がとかく先端医学に向きがちのなかで、人間的な良い医療を実現する上で、是非必要な柱についてお話したいと思います。
 まず第一の柱は、いま砂原先生がいわれた「人間の自然治癒力」をできるだけ大事にする、これをそこなわないようにすること、
 第二の柱は、「医療におけることば」、私たちは「ことば」というものを自然につかっていて、その重要性を忘れていますが、医療は「ことば」なくしては成り立たない、「ことば」は、医療最大の基本の方法論であります。そしてそれだけでなく、この「ことば」によって医師と患者との関係がそだてられ、また カウンセリングでわかるように、「ことば」は薬や手術とならび、病気を治し、また心を和らげる おおきな力をもつものであります。
 そして第三の柱は、病人の基本的人権を大事にする「医療における法と倫理、医事法学」があります。
 私は、医療をささえるものは以上のように、先端医学だけでなく、この3つの柱が大事であり、さらに それら全体を支えるものとして、歴史学、文学、心理学など、人間の多くの文化があり、これらすべてが医療に役立つと考えています。
 そこでまず、第一の自然治癒力について、私の体験をひとつ申し上げてみます。
 昔、太平洋戦争中、こういうことがありました。私が海軍の軍医大尉で南洋のトラクック島の軍艦におりましたとき、水兵の一人が急性虫垂炎になりました。
 この軍艦の軍医長が東大の外科出身の方でしたので、この先輩軍医長が執刀、私がむきあって助手をつとめ、手術をしました。この手術がおわったあと、軍医長が腹膜と筋肉層との縫合がよくなかった、といって 翌日、縫合のやり直しをしました。
 その日、私は軍医長とむきあって、結紮した皮膚の縫合糸を切っていきました。それは手術した翌日で、まだ24時間もたっていなかったので、私は糸を切れば、皮膚はすぐ容易に開くだろうと思っていたところ、おどろいたことに、皮膚が肉芽でつよく癒合していて、指で左右にひろげようとしても、容易にひらきませんでした。仕方なくメスをいれて、やっとひらくことができました。
 私はこのとき、はじめて人間のからだの自然治癒力の大きさ、強さをしみじみと知ったのでありました。そして、この自然治癒力は外科手術の場合だけでなく、あらゆる病気の治癒機転の柱であることを教えられた、こういう貴重な体験をしました。(以下次号へ)

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