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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
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FAX.03-5688-7803




週刊がん もっといい日
2010年Vol.226
10月22日更新


Vol.226の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@治療最前線
日本初のリゾート型がん治療施設――
豊富な経験で粒子線治療の可能性を探る
メディポリス指宿 がん粒子線治療研究センター(鹿児島県指宿市)
センター長 菱川良夫医師


Aクローズ・アップ
科学・技術ガバナンスの原理原則を論ず
―萎縮医療から萎縮研究への負のスパイラルを止めよ―
構想日本 政策スタッフ
社会医療法人 河北医療財団 理事長政策室 室長
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 田口 空一郎
(MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp)


Bクローズ・アップ
医療保険制度に求められる公共
混合診療裁判原告がん患者 清郷伸人
(MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp)

10年10月15日更新内容 全記事はこちら

ロボット放射線外科装置『サイバーナイフシステム』の新モデルのこと

ロボット放射線外科装置『サイバーナイフシステム』の新モデルのこと
10月20日午後、世界で206台、日本国内に22施設に導入されている『サイバーナイフシステム』の普及活動に力を注ぐ日本アキュレイ代表取締役の穂積重紀さんにお会いしました。目的は、5日にマスコミに向けて新モデル『サイバーナイフラジオサージェリーシステム』を公表した同社の日本での活動やこれからの方向性について、さらに詳しくお聞きすることです。
『週刊がん もっといい日』編集部では、適宜、がんに挑む企業のトップにインタビューし紹介してきました。これまで内視鏡カメラの開発企業、抗がん剤開発企業、毛髪発毛企業、保険会社等々・・・実は、ロボット放射線外科装置『サーバーナイフ』については、今回が二度目。最初は、日本で体幹部への治療の認可を受けた際に、アキュレイ社CEO(最高経営責任者)のユーアン・S・トムソンさんに開発の意図や今後の方針をお聞きしています。
それから2年後の今、2009年11月から日本アキュレイの代表取締役として陣頭指揮にあたる穂積重紀さんとは、新モデルのお披露目会見でお会いしたことからインタビューが実現しました。社名のアキュレイとは、アキュ=正確、そしてレイ=放射線、つまり正確な放射線を意味しています。
新モデルは、体幹部がん治療のために、さらに進化させ肺がん、肝臓がん、前立腺がん、膵臓がん、腎臓がん、脊椎(骨)がん・・・治療の選択肢の拓大の実現、追尾システムの高性能化でピンポイントでの照射が可能になり、低侵襲と治療時間の短縮化で治療コスト削減など、患者さんのQOL向上の実現へ新機能を搭載したシステムとして、多くの医療関係者が注目しています。
 ちなみに日本アキュレイの本社1階(東京都千代田区丸の内1-8-2第二鉄鋼ビル)に新設されたトレーニングセンターに、新モデルの『サイバーナイフラジオサージェリーシステム』を設置。連日、多くの人々の関心をよんでいます。
新システムの登場は、がん患者さんにとって朗報でですが、大切なことは新機能をどのように患者さんや家族に向けて伝えるかでしょう。「週刊がん もっといい日」編集部では、
新型サイバーナイフについての情報を、適宜お伝えすることにします。次号(10月29日号)では、穂積さんのインタビュー記事を掲載いたします。


さて今週もまた、皆様にとって「もっといい日」でありますように・・・。

『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.226☆☆☆


菱川良夫医師
治療最前線

日本初のリゾート型がん治療施設――
豊富な経験で粒子線治療の可能性を探る

メディポリス指宿 がん粒子線治療研究センター
(鹿児島県指宿市)
センター長 菱川良夫医師


菱川良夫医師
1949年和歌山県生まれ。74年神戸大学医学部卒業。2001年より兵庫県立粒子線医療センター院長。10年よりメディポリス医学研究財団がん粒子線治療研究センターセンター長。ヨーロッパ放射線治療学会小線源治療賞受賞。現在神戸大学と鹿児島大学客員教授、大阪大学招聘教授を兼務。医学博士。

『「がんは治る!」時代が来た』(PHP研究所刊)という本が出た。著者は長年にわたって兵庫県立粒子線医療センターの院長を務めてきた菱川良夫医師。言わずと知れた粒子線治療の分野における世界的権威だ。その菱川医師がこの春に赴任したのが、鹿児島県指宿市にオープンした「メディポリス指宿 がん粒子線治療研究センター」。公的機関ではなく、民間企業らが出資する財団が母体となったこの施設で、日本では初めての完全滞在型、もっと端的に言えば「リゾート型」のがん治療をスタートさせる目論見だ。その中核となる粒子線治療施設も完成し、来春の本格稼働に向けて最終段階に入ったメディポリス指宿で
目指す粒子線治療の内容について、菱川医師に話を聞いた。


痛くも熱くも痒くもない
究極の低侵襲がん治療


 そもそも粒子線治療とは何か――。
「水素の原子核である陽子(プロトン)をがん組織に照射して、がんの成長を止める治療法のこと。従来のエックス線やガンマ線と違って、周囲の正常組織にダメージを与えることなく、がん組織だけをピンポイントで狙って攻撃できる特徴を持っています。がん治療に利用できる粒子には陽子と炭素があり、炭素を使うものは“重粒子線”とよぶこともあります。私が以前勤務していた兵庫の施設ではこの両方を導入していましたが、指宿では、小回りが利いて費用対効果でも優れている粒子線(陽子線)のみを取り入れることになりました」(菱川医師)。
 ご存じのとおり、粒子線治療は「痛み」を伴わない。従来の放射線治療は、皮膚の表面から照射すると、がん組織に十分な放射線を当てるためには、その部位より手前の組織にはより強い放射線が当たることになり、正常組織が受けるダメージは甚大だった。ところが粒子線には、照射部位までは細い線のようにして進み、あらかじめ計測して照準として定めておいたがんの組織に到達すると、がんの形に沿って照射が行われ、しかもその向こう側に放射線が突き抜けることもない、という特性を持っている。これにより、「痛くも痒くもない、究極の低侵襲治療」が可能となるのだ。


リゾートの“ついで”に受けられるがん治療
毎日数分の治療以外は自由な生活が送れる


 従来の放射線治療とは一線を画す粒子線治療には医療界での注目も高く、近年国内各地に粒子線治療施設の開設が進んだ。現在その数10施設。その中で指宿は最も都市部から遠く、「通院」という面では不利な立地と言える。そんな施設に菱川医師があえて移った理由は何なのか。
 「粒子線治療は、普段通りの生活の中で行われる低侵襲治療。治療にかかる時間は1日たったの数分で、それ以外の時間は自分の自由にできるわけです。しかも、治療前に設定した計画に沿って行われるので、決まった日数の治療を終えれば自宅に戻れる。こうした粒子線治療ならではの特性を最も生かせるのが“リゾート型医療”であり、リゾートを盛り込むのであれば都市部ではなく指宿のような田舎のほうが適しているんです」
 国内有数の温泉地として知られる指宿の高台に建つ広大な敷地には、治療棟の他に大型ホテルやレストラン、また農園やグラウンド、遊歩道など、長期滞在に適した施設が網羅され、事情を知らない人にはそこが医療施設であるということはわからない。治療棟には入院施設はなく、滞在する人は併設のホテルに宿泊することになるのだが、このホテルは患者以外の利用も可能だ。取材に行った日には大学の運動部が合宿として施設を利用しており、従来のがん治療のイメージを覆す明るさと活気があふれていた。
 「患者一人で通う治療と、夫婦が揃ってホテルに滞在し、温泉に入り、おいしいものを食べて、きれいな空気を吸いながら散歩をし、その“ついで”にがん治療を受けられる。治療に伴うダメージが一切ない粒子線治療と、南国情緒あふれる指宿の特性が、見事にマッチしたのが、このリゾート型がん治療といえるでしょう」と菱川医師は胸を張る。


「先進医療」と「特約保険」の組み合わせで
経済的な負担を少なく粒子線治療が受けられる


 まさに理想的ながん治療施設だが、一方で粒子線治療を受けるには高額な医療費が必要となる。一つのがんに粒子線を当てるのにかかる医療費は総額で約300万円ほどだ。
 しかし、これについても菱川医師は悲観的になる必要はないという。
 「粒子線治療は自由診療なので健康保険は適用されませんが、一方で国の認める先進医療に指定されているので、その周辺で必要となる治療には健康保険が適用される、つまり混合診療にはならないのです。加えて最近では生命保険各社が先進医療をカバーする特約保険を発売している。こうしたサービスを利用することで、経済的な負担も小さく、粒子線治療を受けることができるようになってきたのです」
 日本初の「完全リゾート型がん治療施設」は、来年春に本格稼働するが、すでに同センターでの「セカンドオピニオン外来」は始まっている。がんの部位や状況が粒子線治療に向いているかを今のうちに見ておき、「OK」となれば来春の治療開始に向けて準備を整えることができる。
「従来のがん治療とはまるで違う、明るく楽しい、そして何よりラクな治療が指宿ではできるということを、まず知っておいてほしいですね」
 日本初の「医療と観光の融合」に、注目が高まる。





クローズアップ

科学・技術ガバナンスの原理原則を論ず
―萎縮医療から萎縮研究への負のスパイラルを止めよ―
構想日本 政策スタッフ

社会医療法人 河北医療財団 理事長政策室 室長
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 田口 空一郎

(MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp


1.朝日新聞によるがん治療ワクチン報道

 10月15日、朝日新聞が「東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず」という報道が流れた。何を伝えたいのか、私には真意が理解しかねる記事だった。
 がん治療ワクチンの先端研究が行われ、その治験が行われる中で、出血という有害事象が生じたということをここまで大きく全国紙が取り上げることの意義は何なのか?
 以下に朝日新聞の同記事を一部抜粋すると、

『東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった。

 このペプチドは医薬品としては未承認で、医科研病院での臨床試験は主に安全性を確かめるためのものだった。こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要だ。他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している。
 医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授(4月から国立がん研究センター研究所長を兼任)がペプチドを開発し、臨床試験は08年4月に医科研病院の治験審査委員会の承認を受け始まった。

  〜中略〜

 厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」は「共同で臨床研究をする場合の他施設への重篤な有害事象の報告義務」を定めている。朝日新聞が今年5月下旬から中村教授と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取材を申し込んだところ、清木元治医科研所長名の文書(6月30日付と9月14日付)で「当該臨床試験は付属病院のみの単一施設で実施した臨床試験なので、指針で規定する『他の臨床研究機関と共同で臨床研究を実施する場合』には該当せず、他の臨床試験機関への報告義務を負いません」と答えた。
 しかし、医科研は他施設にペプチドを提供し、中村教授が他施設の臨床試験の研究協力者などを務め、他施設から有害事象の情報を集めていた。国の先端医療開発特区では医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う。』

http://www.asahi.com/science/update/1014/TKY201010140469.html

 つまり東大医科研は、厚労省の倫理指針に基づき治験患者の消化管出血情報を他施設に報告すべきなのに報告しなかった、その責任者は中村祐輔教授である、ということをほのめかす内容となっている。
 他方、東大医科研が同じく10月15日に開いた会見では、今回の有害事象が生じた治験は東大医科研付属病院が単独で実施した研究プロジェクトであり、東大医科研ヒトゲノム解析センター中村祐輔研究室が実施するがん治療ワクチンの多施設共同研究プロジェクト(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/nakamura/main/cancer_peptide_vaccine.pdf)とはまったく別のプロジェクトであること、したがって他施設に報告する義務は存在しなかったことが明らかとなった。

 また、治験に使用したがん治療ワクチンは中村祐輔教授が開発したものでも特許権を保有するものでもなく、ただ同氏がかつて取締役を務めたオンコセラピーサイエンス社の提供するワクチンであったこと、などの諸事実が発表され、朝日新聞の記事に大きな事実誤認や論理の飛躍が見られたことが明らかとなった。
 結局、朝日新聞の記者が何を意図してこの記事を書いたのか、今もって不明のままだ。しっかりした事実調査もせず、先端医療の危険性を煽り、中村祐輔教授への個人攻撃を意図していたと取られても仕方のないような内容となっていた。


2.科学・技術ガバナンスはアクセルとブレーキの使い方次第

 そもそも科学・技術のイノベーションにリスクは不可避だ。この事実は有史以来の科学史・技術史を眺めても明らかだろう。特に現代の科学は、メガサイエンスともいわれる研究インフラの巨大化や、研究技術の高度化・集積化が著しくなっている。
 また新技術が生まれた結果に対する物理的・社会的リスクだけでなく、新技術が生まれるプロセスの実験・治験段階に発生する物理的・社会的リスクにまで、我々が認識できるリスクの範囲が拡大してきてしまっている。

 我々はそうしたリスクを引き受けながら、それでも科学・技術のイノベーションを促進しつづけていくのか、という近代批判的な問いももちろん可能だろう。今回の朝日新聞はそうした直観にどこか通じるものがある。
 しかし近代の科学・技術の科学・技術たるゆえんは、我々の直観や科学者個人の倫理観を超えて、独自の「科学・技術システム」として自律的・自己増殖的に進化を重ねていくという点に見出される。これを科学者個人のモチベーションに置き換えれば、科学者の「知的好奇心」とでも呼ぶべきものへと翻訳可能かもしれない。
 つまり、我々人類は、一度その一端を知ってしまった事実や世界―たとえばゲノムであり宇宙の神秘でもあるだろう―への好奇心、探究心を止めることはできない。もちろんここには、産業資本主義に独自の利益最大化システムも絡み合っており、科学者個人の心理的なモチベーションにすべてを還元することは不可能である。

 それでは我々こうした自己増殖的な近代科学・技術システムに固有のイノベーション・プロセスとどう向き合うべきなのか?今回の朝日新聞記事に垣間見えるような、単なる直観的な違和感に基づく(いわば手続き論的な)ブレーキだけではこのシステムを上手くガバナンスできないことは明らかだろう。
 当然、手続き的な正当性も必要ではあるが、科学・技術システム独自のイノベーションのプロセスをしっかり吟味し、どの方向にそれを導くか、そのアクセルの取り方、舵の取り方こそ最大の課題といえるだろう。
 具体的には、今回のがん治療ワクチンでいえば、単なる人体実験的な治験ということはありえず、あくまで患者の視点に寄り添った、患者のためのイノベーション促進のための舵取りであるべきことは論を俟たない。

 今回の朝日新聞記事は、前者の人体実験的疑念に貫かれているように思われるが、中村祐輔教授が元々優秀な臨床医であり、末期の若年がん患者らとの対話の中で先端がん治療研究の道を志したことは知る人ぞ知る事実である。
 中村教授による、患者の視点に寄り添った、患者のための医療技術イノベーションを心から期待したい。


3.最後に:生老病死とがん研究の今後について

 私も個人的に2年前に父をがんで失い、現在も母が再発がんと闘病している環境にある。おそらく今後数十年以内に、両親が向き合ったがんに対する治療技術も相次ぐイノベーションによって様変わりしていることだろう。
 よく末期がん患者に対する死生観の必要性が説かれている。宗教的な規範の希薄なわが国においては確かにそうした側面もあるだろう。しかし科学・技術の背景にある自然に対する好奇心は、各人の中にある自然としての肉体(human nature)に対しても向けられるべきであると思う。
 つまり自然の中の一部に過ぎない自らの肉体的な生老病死の現実とそのプロセスを理解し、それを受け入れること、その上で医療的な介入という選択肢もありうるが、それは単なる技術に過ぎず、肉体(自然)の限界それ自体を変えることはできないということ、そうした各自の肉体も含めた自然理解の促進こそ、実は科学・技術(特に自然科学のそれ)がはらむ問題と限界を理解することに繋がるといえるだろう。
 まっとう(decent)な科学・技術ガバナンスとは、そうしたまっとうな自然理解に基づくガバナンスに他ならないのだ。
 
 現在、政権交代後の医療改革の中で最大の山場の1つである国立がん研究センターを始めとするナショナルセンターのガバナンス改革が進む中、国立がん研究センターの嘉山理事長の改革手腕には全国の医療者や研究者、永田町の医療政策立案者たちが熱い注目を寄せている。
 人事的な内部闘争が聞こえ漏れる中、患者の視点に寄り添った、まっとうな世界最先端を行くがん研究拠点づくりを実現するためには、嘉山理事長の力強いリーダーシップと、同センター研究所所長でもある中村祐輔教授の世界に誇る研究実績のチームワークが不可欠だろう。
 日本人ノーベル賞受賞が話題をさらった今日この頃、がん研究も含む今後の科学・技術ガバナンスのあり方について皆さんにもぜひじっくりとご一考いただきたい。




クローズアップ

医療保険制度に求められる公共
混合診療裁判原告がん患者 清郷伸人

(MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp


1.国民皆保険の危機の本質

 少し前にMRICに掲載された医療制度研究会理事長で済生会宇都宮病院院長の中澤堅次氏の論文「新後期高齢者医療保険制度中間報告案の疑問」は、その後「後期高齢者医療制度に見る保険の限界」と改稿され、JMMにも掲載されたが、示唆に富む深い考察である。
 それらの論文で氏は、後期高齢者医療保険を典型的な例として、現在の国民皆保険を支えている健康保険制度の宿命的な問題点をえぐり、健康弱者を包含した相互扶助制度としての医療保険制度の本質を明らかにして、改革への提言を行っている。

 筆者が氏の論文を契機として、医療保険制度における求められる公共というものを考えたのが本稿である。新しい公共は最近政治家がよく唱える概念だが、定義や内容はよくわからない。ただ公共は戦後日本では忘れられていた価値だと思う。
 敗戦を機に日本社会は欧米型のデモクラシーへと180度価値を一変したが、それは私権と私益の解放を意味すると受け取られた。このため日本社会の政治から家庭までのいたるところで、私あるいは私たちという部分は解放され、最適化が図られたが、公共という全体の利益は忘れられ、今日の日本全体の危機を招くに至ったのである。本稿においては、健康保険という医療制度の一分野について、全体最適すなわち求められる公共の視点から考えてみたい。

 中澤氏の論文を荒っぽく要約する。―健康保険は国民健康保険(国保)と被用者保険(筆者:共済保険も含む)に分かれているが、利益を追求する企業と全国民が係わる国保が同じ健康保険を担うのは矛盾している。
 負担能力があり、若い健康な人の多い被用者保険と所得が低く、老人や健康弱者の多い国保が同じ保険義務を負えるはずがなく、保険制度は一本化し、消費税も視野に入れて国民全員で担うべきである。
 総務大臣に就任した片山善博氏も日経新聞のインタビューに「公務員は国保に入れ」と画期的な提言をしている。その原点は中澤氏と同じ「保険は老いも若きも富める人も貧しい人も一つの制度に入ってこそ安定する」という全体最適化である。


2.全体の危機をもたらした国民性

 ここで保険財政の基盤というべき国家財政を考える。ご存知のように日本の国家債務は900兆円を超え、年々増え続けている。そのレベルは先進国で突出し、持続不可能、破綻寸前といわれている。しかし国民の危機意識は乏しい。
 日本政府に債務900兆円という返済困難な巨額の借金を作らせたものは、端的にいって官民含めた国民のあらゆる階層、経済産業、教育、医療厚生その他もろもろの分野に蔓延するお上依存根性である。政治家の劣等、官僚の寄生は直接的な原因だが、隠れた真因は自立に欠けた国民性に尽きる。
 明治革新期に福沢諭吉が危惧した在野精神・自立精神の欠如は今も通じる。日本国民はお上依存の激烈な副作用を自覚すべきであった。

 戦中のジャーナリスト清沢洌が「元来が、批判なしに信ずる習癖をつけてこられた日本人」(1945年4月17日)と述べたように、われわれは戦前は報国思想一辺倒、戦後は私権主張一辺倒に走ったのである。乱暴な言い方だが、国民の金融資産1400兆円は戦後、全体を顧みずに政府が国民に公共の財を配り、国民は争ってそれを奪った結果である。
 個人や組織、集団にとって部分最適(私益)は快いが、その追求の行き着くところは全体(公共)の崩壊である。これは巨大な合成の誤謬というべきではないか。今ほど全体最適(公益)の価値観が求められている時代はない。求められる公共ともいえる全体最適を最優先する原則に社会が合意するのはもちろん容易なことではない。
 個人や組織集団は、従来のようなお上依存を抑制しなければならないし、部分最適である私益の主張を見直さなければならない。具体的にいえば、公共の財(政官の権益や税金)を強い組織集団が奪い合っていたのでは、いくら政治や行政を改革してもまた増税しても足りないということである。


3.求められる公共としての健康保険制度

 日本政府が巨額の債務を抱え、国民の命に直結する公共財である医療では病院が危機に瀕し、医師たちが疲弊している今日の状況に、社会保障としての健康保険制度を公共という視点から考えてみる。
 健康保険の本質は、患者(被保険者)の受ける医療への経済支援である。国家と国民が経済負担を分かち合うことによって、国民が健康弱者となったときに公共財である医療を受けやすくする相互扶助であり、医療機関など供給者も医療の必要な患者が安んじて医療を受けられることで持続・発展していけるのである。

 その健康保険制度が持続不可能の危機に近づいている。急激な高齢化と医療の高度化などで医療費が膨張し、一方で少子化と政府財務悪化により負担能力は低下している。
 最も基本的な社会保障である国民皆保険制度をどうすれば持続可能なものにできるか。中澤氏や片山氏のいわれた保険制度の一元化による全体最適の実現も求められる公共という視点からは不可欠の課題であるが、他にも取り組むべき課題はある。

 高齢化や医療の高度化はいやおうなしの現実で、変えることはできない。したがって医療費の膨張を防ぐことは不可能であるが、最小限にする努力は可能である。東海大名誉教授の田島知郎氏は、日本の医業の仕組みが医師=経営者なので中小医院が乱立し、利益優先となり、過剰診療となり、医療費が膨れ上がる。さらに開業医も勤務医もクローズドシステムのため専門医力が次第に落ち、医療の生産性が低くなる。
 生産性を高め、医療費膨張を抑えるためには、病院の大規模集約化と米国型オープンシステム導入を図り、開業医と勤務医を区分せず医療機関で協業し、ドクターズフィーを独立させることだと述べている。(『病院選びの前に知るべきこと』中央公論新社)この提言は、医療における私権を小さくし、公共性を高めるという構想にほかならない。
 しかしこの構想の実現には、多くの部分利害が衝突し、声の大きい組織集団が最大私益にこだわる現状の改変が不可避で、きわめて難しいと思われる。

 日本総合研究所理事の湯元健治氏は、7月30日の日経新聞「経済教室」で、高成長と高福祉を両立させているいわゆる「スウェーデン・モデル」を取り上げ、経済政策での小さな政府と社会保障政策での大きな政府がそれを可能にしたと指摘している。
 徹底した競争政策で強い経済を実現し、国民の大きな負担の下、築き上げられたスウェーデンの手厚い社会保障は、誰もが直面する出産、育児、病気、失業、高齢化といった人生のリスクに対応するもので、国民全体の生活保障システムとして機能している。(筆者:いわば社会保障の全体最適化に成功している)
 それが可能なのも強い財政と税を含む高い負担を国民が受け入れているからだが、政治・政府への国民の信頼感の差を考えれば、日本では実現は難しいと湯元氏は述べている。

 このように医療費の膨張は避けられず、税や保険料などの国民負担の効果的な増加も難しいという見通しでは、仮に健康保険の一元化が実現しても、健康保険制度を維持していくのは、きわめて困難と思われる。
 健康保険制度は需要者(患者)が医療を受けやすくすることで供給者(医療者)も持続・発展できる経済支援装置と述べたが、現状は供給者の疲弊によって需要者も困窮しているのである。現在の医療費財源である税、健康保険、患者負担が限界に来ていることは明らかである。
 健康保険には新しい公共が求められている。それは医療の自由な任意の私費負担である。長寿と健康という価値に対する自発的な消費である。その需要は決して小さくない。そのような私費負担と健康保険を並存させることによって、私費負担による支払いは容易になり、拡大する。
 今のままでは高齢化と高度先端医療の普及により健康保険の支出は確実に上昇する。しかし許容できる国民負担が限られている以上、当然保険対象範囲の見直しは避けられず、それは同時に保険診療と保険対象外診療との併用の拡大を意味する。

 この議論は混合診療といわれ、日本では永い間忌避されてきた問題である。先進国で認められた抗がん剤や医療技術があるにもかかわらず、日本では保険で認められていないためにそれらを求める希望も能力もある患者が使えず、それは平等に反するからだといわれてきた。
 たしかに医療の平等性という部分最適は壊れるかもしれない。だが、その部分最適は医療の必要性、可能性という部分最適を犠牲にして成り立っているのである。さらに当然のようにいわれてきた平等性という部分最適を原理化することは、既述したように医療費財源の枯渇に至る道であり、それは国民皆保険としての健康保険制度という全体最適(公益)の崩壊にほかならない。
 健康保険制度に求められる公共である本質的一元化や自発的私費負担との併存は、強力なリーダーシップによって官の規制や民の私益といった部分利害を乗り越えなければ実現しない。政府に改革への強い意志があるか否かが国の危険度を示す指標であると国際格付け機関は断言している。              


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